日記の中にいたのは“わたしの知らない”祖母
そして同じ8月6日、名古屋のピースあいちでは。
(佐々木陽子さん)
「小さな手帳です。原爆投下から2週間経って、倒れた祖父を祖母が見舞いに行ったところから始まる、祖母の看病の記録だった」
原爆についての語り手を務めていたのが、名古屋に住む佐々木陽子さん57歳。

広島出身の佐々木さんは、被ばくした祖父を看取った祖母の日記から、戦争の不条理を伝えています。
(佐々木さん・日記の朗読)
「おとうちゃまのいじわる。とうとうわたしを置いてけぼりにして、いっておしまいになるんですね」
(佐々木さん)
「旦那さんのことを“お父ちゃま”って呼んでるんですが、『お父ちゃま、私を置いていくの』っていうような語り口調が、私が知る祖母からは想像がつかなくて、大変ショックを受けた」











