志学まちづくりセンター・三谷和弘さん
「ここからずうっと下へ向かって10棟位あって。お風呂もこの下にあったようで、跡も残ってますね。」

明治41年に造られた陸軍の兵舎です。
地図には20数棟の建物が見えます。
はしごのような形のコンクリートは。

志学まちづくりセンター・三谷和弘さん
「おそらくここが(扉を)開けて入る個室のような格好だと思います。両サイドにある感じで。」

広島や浜田の部隊が訓練に来ると、兵士の数は3000人以上に膨れ上がったといいます。
兵舎には軍が掘った井戸や温泉が引き込まれ、三瓶温泉の共同浴場の一部も、軍が整備したものが今も大切に使われているとのこと。
戦後は、草原が残る東の原や西の原は放牧などに利用され、軍が持ち込んだスキーも盛んでスキー場が造られました。

三瓶山周辺に残る様々な戦争の痕跡。
もの言わぬそれらは、今も静かに人々に平和の尊さを語り掛けているようです。