1964(昭和39)年6月16日午後1時2分、新潟地震が発生しました。

あれから58年。新潟県内では大地震の際に、液状化現象により最大で6万棟以上の住宅が被害に遭うと想定されています。一方、15年前の中越沖地震の被災地で取材を進めていく中、液状化への対策の難しさも垣間見えました。

当時の地震で大きな被害をもたらした『液状化現象』について考えます。

【石本七夫さん】「すごかった。2メートル以上も穴がどーんと、玄関の前。穴が開いた」

新潟市東区に住む石本七夫さん(83歳)は58年前、25歳のときに自宅で新潟地震を経験しました。家を飛び出した石本さんは、すぐ近くにある大形小学校の異変に気づいたといいます。

【石本七夫さん】「揺れたら、全部(子供たちが)外に出てからガチャンと倒れた。体育館、つぶれた」

その大形小学校には当時の記録が写真で残っています。木造の校舎はつぶれ、地割れのような跡も見てとれます。そして校舎だけでなく、地面にも異様な光景が広がっていました。

【石本七夫さん】「割れ目ができるでしょ。あちこちバアッと。地盤が悪いからね。でも水が張って全然見えない。10センチくらいの黒い水がダアッと全体に覆うんだからね。全然見えない」

BSN新潟放送に残っている新潟地震の記録からも、地面から湧き出る黒い水が確認できました。液状化現象です。新潟地震ではこの液状化現象により、新潟市中央区川岸町にある県営アパートが倒れるなどの被害がありました。


液状化現象はさらに、信濃川にかかる昭和大橋の橋げたを落とすという甚大な被害も引き起こしました。