能登半島地震では、奥能登から離れたところでも被害が出ています。金沢のとなり、内灘町でも断水が続く地区があるなど、今も地震の影響を受けています。地元の名物を存続させられるのか、農業が正念場を迎えています。
川辺俊一さん
「80年生きていて初めて見る光景」
所有する田んぼの前で嘆く川辺俊一さん。
田んぼがある内灘町西荒屋は、地面が隆起し、道路のアスファルトがめくれ上がるなど、被害の爪痕が大きく残る場所です。
川辺さんは、東京ドーム3個分に相当する15ヘクタールの田んぼでコメやもち米を栽培していますが、その景色は地震で一変しました。
地震による液状化の影響で田んぼに砂が浮き出てしまい、あぜと田んぼの境目がなくなっています。あぜの地盤沈下と田んぼの隆起で土地が平らになった場所もありますが、一番の問題は違うところにあると川辺さんは話します。
川辺俊一さん
「田んぼの中はどうでもなる、トラクターでいろいろやれば。まず第一は「水」。入れるのと出すやつが一番大事やろうね」
田んぼに水を送り込むポンプは損傷。中のパイプの状況はまだ把握できず、ダメージの程度によっては復旧まで相当な時間がかかるおそれがあります。
川辺俊一さん
「(今シーズンは厳しい?)厳しい。厳しいもんあるね」
水で苦労をしている場面はここでも。
田んぼ近くの作業場で川辺さんは、去年秋に収穫したしたもち米で地元の特産品「内灘餅」を作っています。
地震後は断水の影響で一時製造を中断していましたが、公民館の給水から水をくみ18日に再開させました。今年、もち米が作れなければ内灘餅はなくなってしまうため、川辺さんは田んぼのパイプなどの復旧が間に合わなくても、少しでも田植えをしたい気持ちでいます。
川辺俊一さん
「最終的に(川に)ポンプを突っ込んでポンプで水を上げるような態勢でやらないとではないかな。(もち米だけでも)やりたいね」
内灘餅は、ふるさと納税の返礼品としても人気が高く、川辺さんも特別な思いを持っています。地元の名物を維持させたいとの川辺さんの思いが果たせるのか、その見通しはまだ立っていません。
















