能登半島地震の発生から72時間後に89歳の女性が助け出されましたが、その後、亡くなっていたことが分かりました。最愛の母と弟を亡くした男性の思いとは。

石川県輪島市、倒壊した家の前で手を合わせる男性。金沢市に住む外武志(60)さんです。実家の片付けに追われていました。

外武志さん
「母が普段使っていたものが何も出てきていないので。あと、だいぶ前に亡くなった父の位牌とかは出してあげたいなと」

地震で武志さんの実家は倒壊。武志さんは、母の節子さん(89)と弟の忠司さん(58)を亡くしました。

生存率が急激に低下するとされる地震発生から72時間後の今月4日、消防が節子さんを発見。節子さんは1階の居間にいる時に被災したとみられ、そのすぐそばで、武志さんの弟の忠司さんが亡くなっているのが見つかりました。

外武志さん
「消防さんに言われたのは、そばにいたことによって、最初のうちはたぶん体温の温かさもあるので、多少は低体温になっていくのを遅れさせたというのはあったのではないかなと」

節子さんは救出された際に意識がありましたが、2日後、容態が急変し、帰らぬ人となりました。長時間、体が圧迫されたあと、急に解放されることで全身に毒素がまわる「クラッシュ症候群」によるものでした。

寂しい思いをさせないようにと、2人の葬儀は一緒に執り行いました。

倒壊した実家から武志さんが見つけ出したものも…

外武志さん
「懐かしい思い出がいっぱい出てきた」

家族の思い出が詰まったアルバム。几帳面だった節子さんが大切に保管していました。節子さんが準備していたお酒も…

外武志さん
「お正月に飲む予定だったのかな」

お酒を飲むのが大好きだったという忠司さん。忠司さんは3年前に自衛隊を定年で退官。節子さんと同居して、生活を支えていたといいます。

外武志さん
「お母さんの様子を見に1階に下りたのかなと思うんです」

母を最後まで守ろうとした弟への感謝を口にした武志さん。

外武志さん
「(母が)一緒に飲ませたくて、そのままの形で出てきたのかなと思っているので、四十九日過ぎたら開けて、それで一緒にこの場で飲むのかなと思ってはいます」

道路が寸断されるなどして武志さんが実家に辿り着けたのは地震から5日目。苦しい胸の内を明かします。

外武志さん
「もっと早く助け出してあげられなくてごめんなさいっていうのはありますね。今それ考えると、悲しくなるので」

それでも武志さんは家族への思いを胸に前を向きます。

外武志さん
「2人、先に亡くなった父の分も含めてしっかり生きていきたいと思ってます」