イチロー氏(50、マリナーズ会長付特別補佐兼インストラクター)による高校球児指導が離島から「悲願の甲子園出場」を狙う沖縄・宮古島の宮古高校12月16、17日の2日間に渡り行われた。その指導内容・真意を振り返ってもらうインタビュー取材に先駆けて、イチロー氏が大事に抱え、見せてくれたのが宮古高校野球部員一人一人から贈られた感謝のメッセージが書き込まれた色紙だった。

イチロー:
いやぁーーー、驚いちゃうね。花丸の百点ですね。伝わって欲しい事がダイレクトに感じてくれて、(それを)表現してくれて…自分が発する言葉に責任を持たなきゃいけないし、いい加減なことを言えないなって、これ(感謝の色紙)を見ると、すごく思った。

宮古島から甲子園へ。宮古高校の野球部員は全員、宮古出身。離島の公立校ながら、夏の県大会では準優勝2回、去年はベスト4と、甲子園が目の前まで見えている。学校関係者や生徒のみならず、島の住民からその“悲願を叶えたい”という思いが、イチロー氏のもとに届いた。「島全体の思いに応え、未来の礎となるきっかけを残せたら」と、イチロー氏は宮古高校への訪問を決めた。夢を叶えるために、何がきっかけとなるのか。イチロー氏がポイントと考えていたのは「離島ならではの課題」だった。
イチロー:
想定していたのは自信がないだろうなぁって、沖縄本島のチームとだって、練習試合出来ない訳だから、なかなか。それは自分たちがどれだけ上手くても、自信があっても、心から、こう、自信をこう、備えるとういうかね、それを持つ事は難しい…だから“表現するのが難しい”というのは想像通りだった。
部員を変える“きっかけ”にイチロー氏自ら動く
一日目の当日、穏やかなはずの南国は何かを予感させるような、強い雨と風に遭い、部員とは室内練習場で初対面した。

<宮古高野球部員>
気を付け、礼……お願いします。
<イチロー>
はじめまして、イチローです。何かね。もうちょっと盛り上がってほしいね。もうちょっとテンション上がっていいんじゃないの。どうなの。監督は島の子の性格だって仰っていたけど、遠慮しちゃうの……もう一歩先に行くために必要な所なんじゃないの“自分を表現する”って。出来る事は限られてる、だけど…何か“きっかけ”になれば良いな、と思う。
練習が始まっても、なかなか晴れない空気にイチロー氏はさらに語りかける。

<イチロー>
何か声が小さいのよ、返事が。キャプテン、どう?雰囲気かえるんじゃないの。返事とかさ、体で、それこそ踏ん張って(声を)出すイメージ。(小さめの)『はっい』、ダメでしょ。ここは(室内で)響くからまだ聞こえるけど、そんなんじゃ聞こえないですよ、試合で声。大丈夫?みんな。
<キャプテン・川満悠雅(2年、かわみつ・ゆうが)>
大丈夫じゃないです
<イチロー>
大丈夫じゃないよね。それはこれを“きっかけ”に変えていこうよ
<部員>
はっい
<イチロー>
もうちょっと欲しいけど今はいいや、次行こう
自分に近寄る選手すら、一向に現れず。イチロー氏も重苦しい雰囲気を感じていた。
イチロー:
一日目の序盤は相当、緊張感あったし、どうしていいのか、わからない雰囲気を感じました。それが変わる瞬間というのが、僕が入っていて、一緒に動くタイミングなんですよね。やっぱり。
“きっかけ”に…イチロー氏が動いた。打撃の基礎練習「ペッパー」が始まると、バットを手に、実演指導を始めた。

【ペッパー】打者が投手にワンバウンドで打ち返す練習
<イチロー>
これ初めてかな。高校野球(指導)でペッパーやるの。
手でやっているように見えるかもしれないけどコントロールしているのは足だからね。最終的にはもちろん手を出すのだけど、コントロールしているのは足なんだよね。
【イチロー氏の指導ポイント】バットコントロールは足で行う
早速、実践する選手たち。その動きや吸収力は想像を超えていました。
イチロー:
想像と違ったのはみんな、まず上手い。これは甲子園を目指していいチームのポテンシャルだと、まぁ、早い段階で感じる。ひとつ“きっかけ”があればすごく伸びるような、そういう可能性を最も感じたチームでした。
潜在能力が高いからこそ、さらなる「きっかけ」を。イチロー氏が動く。

キャッチボールの相手に指名したのは、ピッチャーの砂川結貴(1年、すながわ・ゆいき)。指導では毎回恒例となっている、手加減なしのキャッチボール。思いを交わすように、投げ込んだ。
<イチロー>
ピッチャーとしてはすごくいいと思う。いい球来てるし。どうしても親指が上を向くので(親指を)下に向けたい。
<砂川選手>
外野の送球でも(親指を)下に向けた方がいいですか?
<イチロー>
絶対そう。絶対そうする。こうなったら(親指を上に向けたら)、腕が走らない。
必ず、親指が下から。(親指が上に向いていると)こうなると、(腕を)しならせる事が出来ない。
【イチロー氏 投球の指導ポイント】
親指を下に向け“腕をしならせる”
キャッチボールをきっかけに、風向きは変わった。アドバイスを求めてやってくる選手が一人、また一人と。そして・・・

<イチロー>
一回、打っている所、見せて…僕が一回、投げてみる。
高校野球指導4年目で初めて、イチロー氏がバッティングピッチャーに。自ら投げ込み、そしてアドバイスを送る。
<イチロー>
前に移動しているというより、やっぱり受けていると思う。もっと前、行っていいよ。打っている形はいいから。感触はどう?自分で打っていて。
<部員>
こっちの方が思い切り行ける
<イチロー>
だから、(前に)行って、その方がバットが走ると思う
より積極的になった宮古ナイン。最初の重苦しい空気は、どこ吹く風。
<部員>
外角の打ち方は…
<イチロー>
もう打て、まず打て。まず打て!
一人一人の思いに応え、盛り立てるように打撃投手を務め続けたイチロー氏。気づけば球数はなんと448球に。

<イチロー>
まだ打っていない子いる?
<部員>
はい
<イチロー>
あれ、打ってなかったけ?
<部員>
2回目がまだです
<イチロー>
やかましいわ!おじさんも限界を迎えるのだから。ちょっと休ませてよ。
指導するイチロー氏、指導される部員、充実の表情があふれた。そして、指導二日目。この日の「きっかけ」は、フリーバッティングの実演だった。最初はその技術に見惚れるような様子であったが、すぐに技術を吸収しようとする姿勢が。

<ファーストの與儀陽康(1年、よぎ・ようこう)>
イチローさんはボールのどこを叩いていますか?
<イチロー>
今、狙っているのは下、3分の1。(そこに)スピンをかけて、(打球の)高さを出す。
【イチロー氏 フリーバッティングの指導ポイント】
ボールの下3分の1を叩き“スピンをかける”
チームに新たな風が吹いていた。改めて、色紙のメッセージを見て、実感した。

イチロー:
これは結貴(キャッチボールをした1年)はすごいよね~本当にこれ。
“たたずまいの面では、ゆっくり動いているのに力強いという印象で、初めて一流を五感で感じることができました”…いや~高校一年生ですよ。これはもう花丸の百点ですね。こうやって僕に対するメッセージを書く事すら、今までの彼らだったら、こんな“表現が出来なかった”かもしれないけど、この時点で変わっているのではないかと思う。