誰もが当事者に…“自分の当たり前”を疑うのも大事

藤森キャスター:
街の声で大学生が答えてましたが、大東文化大学の渡辺雅之特任教授の話では「何も言えなくなる」「息苦しくなる」というのは、▼言いたいことを言ってきた自分がいた。誰もが当事者になり得るので、▼「当たり前」を疑うのも大事なのではないか、というメッセージです。
慶応大学医学部 宮田裕章 教授:
その通りです。息苦しさの裏には、傷ついてた人たちがいたわけですよね。その傷ついてた人たちの声が届くようになったというだけなので、現実を変えていかなくてはいけないということだと思います。
最近はデジタルで自分自身が曲がっているということだけではなく、周囲の環境そのものも曲がっていってるんですよね。つまり、周りに同じような考えの人たちが集まるような場が自然と作られてしまうので、この曲がりに気づかずに、より偏見が助長されて、世界でも右傾化・左傾化というものが進んでる象徴的な状況なんです。
その周囲も含めて、曲がっているという可能性に立ち返って、やはりモノを見ていく必要があるのかなというふうに思います。
プチ鹿島さん:
デジタルで言うと、SNSなどで、本当に差別や偏見に、慣れすぎてしまっているみたいなのも、ちょっと危険すぎると思うんです。
小川キャスター:
寛容になりすぎてしまっていると。
プチ鹿島さん:
そう、差別にです。よくないんです。それがむき出しに可視化されるから、そういうものは昔からあったかもしれないんだけど、そういう媒体があるということは、見れてしまうということですよね。

慶応大学医学部 宮田裕章 教授:
デジタルは手段なので、今言ったように、その痛みというものをしっかり可視化して、共感して、他者の立場に立つという形で使っていければ、状況を変えられるかもしれないとは思うんです。
小川キャスター:
当たり前だと思っていても、「自分の当たり前というのは本当にそれでいいの」と点検していく作業というのが必要かと。
藤森キャスター:
優しい表現を増やしたいですね。
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