ことしマスメディアは大きな批判を浴びました。
 「メディアの沈黙」。

 旧ジャニーズ事務所のジャニー喜多川氏による性加害問題をめぐって、同事務所が設置した「外部専門家による再発防止特別チーム」が調査報告書のなかで言及したものです。多くのマスメディアが同事務所を批判せず、沈黙を続けたことで被害が拡大した主な背景の一つと指摘されました。

 地方のテレビ局報道部に勤務する私ですが、そうした批判から安全地帯にいるとは思いません。HBCに中途入社する前、私はテレビ朝日「ニュースステーション」でディレクターをしていました。2003年に東京高裁が喜多川氏の性加害を認定したとき、新聞はベタ記事で判決を伝えました。しかし、高裁判決や性加害の問題を取り上げるべきという声が番組内で上がった記憶はありません。
もちろん私自身も声をあげませんでした。振り返れば、その頃は男性の性被害が人権侵害だという認識が低く、「文春砲」と評される前の週刊文春の記事は”芸能ネタ”という見方が大きい時代でした。

 深刻な人権問題にマスメディアが沈黙したケースはほかにもあります。

 安倍元総理銃撃事件で再び注目された旧統一教会の問題は、1980年代に霊感商法や合同結婚式などが社会問題化して、盛んに報道されました。しかし1990年代に入ると、オウム真理教による地下鉄サリン事件などが起き、旧統一教会の被害が続いているにもかかわらず、取り上げるメディアが少なくなっていきました。

 私も2000年代はじめにカルト問題を取材していました。当時はオウム真理教教祖である松本智津夫氏の裁判が進む一方、法の華三法行やライフスペースといった別の新興宗教も社会問題となっていました。旧統一教会のほか、さまざまなカルト宗教元信者が参加した座談会を特集で放送しましたが、旧統一教会の問題については、それ以上深掘りすることはありませんでした。

 「らい予防法」や「旧優生保護法」は廃止まで長い時間がかかり、元患者や障害者への差別や人権侵害が長い間放置されてきました。これもメディアが沈黙を続けた結果といえます。この場合、法律の問題を訴える声はあったものの、メディアの無関心が「沈黙」を招いたものと考えられます。

 再発防止特別チームがまとめた調査報告書では、マスメディアが沈黙した理由について、有名なタレントを多数抱えるジャニーズ事務所への「忖度」があったという趣旨の指摘をしています。巨大な権力に「忖度」する問題は、地方のメディアにもあります。例えば警察。毎日起きる事件や事故で、記者が常に向き合うのが警察です。容疑者の逮捕や強制捜査の情報を発表前に入手し、伝えることもあります。逆に、他社がみな報じているのに、自分たちだけが警察から情報を入手できず、特別にそのネタを落としてしまう「トク落ち」を報道現場は恐れます。警察に嫌われたくない…そんな心理が影響し、警察が問題を起こしても大きく批判することをためらったり、配慮したりする現実があります。

札幌駅前で排除される大杉さん 映画「ヤジと民主主義 劇場拡大版」から

 

北海道議会でヤジを飛ばす大杉さん 映画「ヤジと民主主義 劇場拡大版」から

 そんな警察に対して正面から検証・批判する映画「ヤジと民主主義劇場拡大版」が12月9日に東京(ポレポレ東中野)と札幌(シアターキノ)を皮切りに全国公開されます。この映画は、2019年7月15日、安倍元首相の遊説中、政権に異議をとなえて、ヤジを飛ばした男女が北海道警察の警察官に排除された事件を、HBCが継続的に取材したテレビのドキュメンタリー番組『ヤジと民主主義』に、当時描けなかった当事者たちの思いなどを加えて、映画版として制作した作品です。「おかしいと思ったことは、おかしいと言う」その思いから声を上げた若者たち。それだけではありません。誰かの人権が奪われた時に、我が事のように抗議し、一緒になって闘う市民たちの姿も描いています。一方で、ヤジ排除問題については、積極的に報じるテレビ局は少なく、なかには沈黙を守ったメディアもありました。

デモ行進 映画「ヤジと民主主義 劇場拡大版」から

 

北海道警察本部前で抗議の声をあげる若者たち 映画「ヤジと民主主義 劇場拡大版」から

 メディアの沈黙によって、拡大する被害。しかし、変化が起きています。

 いまガザでは、イスラエル軍の攻撃によって多くの死傷者が出ています。ガザで10年以上にわたり医療支援活動をしている北海道パレスチナ医療奉仕団が、11月3日に札幌市内でキャンドルデモを行いました。主催者は100人くらいの参加を予想していましたが、その3倍もの市民が集い、攻撃に抗議の声をあげたのです。こうしたデモによく参加する男性は、そのときの様子を証言します。
 「知らない人がたくさんいる。それも高齢者ではなく、子ども連れの若いお母さんとか」「飛び入りのあんちゃんが元気よく、シュプレヒコールをやってくれた。駅前通りの居酒屋の店員と思しき若者が4、5人やってきて、『ずいぶん静かなデモだなあ。なんか叫んでいいですか?』というので、『フリーフリーガザ、パレスチナと言って』とお願いしたら、大きな声でやってくれた!」

 遠い場所で、見知らぬ誰かに起きた人権侵害を見て見ぬふりをしてはならない。多くの市民がそんな思いで声を上げ始めているのです。それに対して、メディアはいつまで沈黙するのか。ジャーナリズムの力とは。そんなテーマを話し合う無料の市民公開講座が12月2日(土)に北海道大学で開かれます。映画「ヤジと民主主義劇場拡大版」についても触れる予定です。

映画「ヤジと民主主義劇場拡大版」
監督:山崎裕侍(HBC報道部デスク)

【山崎裕侍プロフィール】
山崎裕侍(HBCコンテンツ制作センター報道部デスク)1971年北海道千歳市出身。
大学では探検部に所属。
探検部では湾岸戦争時、ヨルダン難民キャンプでのボランティアや中国の少数民族との共同生活など活動。大学卒業後、東京の制作プロダクションに入社。1996年、テレビ朝日「ザ・スクープ」にADとして出向。1998年3月から「ニュースステーション」「報道ステーション」でディレクターを務め、死刑制度や犯罪被害者、少年事件などを継続的に取材。綾瀬女子高生コンクリート詰め殺人事件の加害者取材で報道局長賞を受賞。2006年4月、HBC北海道放送に中途入社。警察・政治キャップや統括編集長を経て、22年4月から現職。
ディレクターとして臓器提供の現場を密着した「命をつなぐ~臓器移植法10年・救急医療の現場から~」や地域医療の課題を追った「赤ひげよ、さらば。~地域医療”再生”と”崩壊”の現場から~」など、多くのドキュメンタリーを作る。プロデューサーとして「ヤジと民主主義~小さな自由が排除された先に~」「クマと民主主義~記者が見つめた村の1年10か月~」「ネアンデルタール人は核の夢を見るか~”核のごみ”と科学と民主主義~」などを制作。日本民間放送連盟賞・ギャラクシー賞・文化庁芸術祭賞・放送文化基金賞など受賞。

【映画「ヤジと民主主義 劇場拡大版」公式サイト】
https://yajimin.jp/

札幌駅前で演説をする安倍氏 映画「ヤジと民主主義 劇場拡大版」から

 

映画「ヤジと民主主義 劇場拡大版」から

 【令和5年度公開講座「メディアの沈黙」とジャーナリズムの力】
無料・事前申込制
URL:https://forms.gle/jzyhGQZAQMuBNn4i8

日時:2023年12月2日(土)午後3時~午後5時
会場:北海道大学高等教育推進機構Sky HALL(大講堂)450人収容

午後3時~午後4時 基調講演:江川紹子(ジャーナリスト・神奈川大学特任教授)
午後4時~午後5時 公開討論
パネリスト:江川紹子、 山崎裕侍(HBC報道部デスク)、遠藤乾(東京大学大学院法学政治学研究科教授)
コーディネーター:城山英巳(北海道大学)

映画「ヤジと民主主義 劇場拡大版」から

 

通った小学校前の土手で取材に答える桃井さん 映画「ヤジと民主主義 劇場拡大版」から