イスラエルとハマスの戦争状態は、展開次第でエネルギー問題、難民問題を引き起こす。実際、ロシアとウクライナの戦争は世界のエネルギー事情に混乱をもたらし、アフリカの食料危機に拍車をかけた。危機は危機を呼び、異なる危機が相互に重なり合い全世界を危機に陥れる。経済・社会思想家の斎藤幸平氏は複数の世界的な危機が絡み合い、より大きな危機になる“ポリクライシス“の時代の危険性を警告した。

「世界に分裂があれば気候変動交渉は難しくなる」

番組ではまずアメリカの調査会社で環境やエネルギー問題について研究するケビン・ブック氏に聞いた。彼は戦争がエネルギー問題を引き起こすことは直接的な影響で、実はもっと深刻なことは世界にとって最も危機的な気候変動への取り組みが戦争によって後退することだという。

『クリアビュー・エナジー・パートナーズ』ケビン・ブック氏
「エネルギー安全保障に懸念を抱くことは気候に関する議論を難しくしてしまう。というのも気候変動に関する議論の多くは突き詰めれば収益化、お金そのものに関する議論になる。(中略)気候変動を緩和させることのコストは大きい。IEA(国際エネルギー機関)は正味排出量ゼロの道筋を達成するためには世界全体で年間一桁兆ドルの出費が必要と見積もっている。また近い将来気温を1.5度下げるための排出削減を達成するには数兆ドルあるいは数十兆ドルかかるとの試算もある。これは大きな金額だ」

さらに大きな問題は戦争によって世界が分断されれば気候変動への対応を引っ張っていく中心となる国が無くなることだとブック氏は言う。

『クリアビュー・エナジー・パートナーズ』ケビン・ブック氏
世界に分裂があれば気候変動交渉は難しくなる。交渉に参加するすべての国々に秩序を与える世界政府は存在しない。全くない。それどころか第2次大戦以来あったような世界秩序そのものが不安定化している。私たちが守ってきたルールや確立してきた手続きも戦争によってストレスを受けている。紛争が交渉を難しくしている。(中略)気候変動は多くの難民を生んでいる。そして難民の増加や資源の争奪は新たな戦争が勃発する可能性を高める。更に資源をめぐる競争や大量移住あるいはある資源基盤の中での人口配分の変化が起きれば、紛争が激化する可能性が高まるということだ」

「もう扱いきれない問題がお互い絡み合って進行していく」

ケビン・ブック氏が語った危機の連鎖、“ポリクライシス(複合危機)”。そのきっかけはコロナだと東大大学院の斎藤幸平准教授は言う。ベストセラーの著書『人新世の資本論』で脱成長コミュニズムを提唱する斎藤准教授はポリクライシスの研究でも定評がある。

東京大学大学院 斎藤幸平 准教授
「90年以降続いてきた“グローバル化を推し進めていけば経済成長も続くし民主主義も広がる”という時代は終わって、これから“分断”の時代に入っていく。やっぱりコロナで色々な分野で自国優先が広がった。そうした中で例えばワクチン。グローバルノースが独占してグローバルサウスは苦しんで不信感が生まれた。あるいはアメリカが中国を武漢ウイルスの発生源だと非難して、民主主義対権威主義の対立みたいな構図もあそこで先鋭化してきた。
ウクライナとロシアの戦争も自国優先で国際法を軽視していいっていう流れ…。イスラエルもそうですが…。
そういう流れで戦争が起きる。そうするとエネルギー危機でインフレが加速する。で気候変動対策も遅れる。食糧危機が深刻になれば更なるインフレを…。ヨーロッパでは難民問題が極右政権の台頭を引き起こし、民主主義の危機を引き起こす。戦争、新たなファシズム、気候危機、インフレ、格差の拡大…。もう扱いきれない問題がお互い絡み合って進行していく…。それがこれからの時代」

そういう時代に突入したからと言って手をこまねいている事しかできないのだろうか。