地元で再確認した走ることへの純粋な思い

今年5月、愛媛県西予市野村町で開かれた朝霧湖マラソン。コロナ禍を経て4年ぶりの開催は第30回の記念大会で、鈴木健吾選手と一山真緒選手は、夫婦揃って招待された。

そして多くの市民ランナーに囲まれながら、笑顔で走った距離はわずか10キロ。それでも鈴木選手は、故郷のあたたかい雰囲気の中であらためて走ることの喜びを噛みしめていたという。

「地元のマラソン大会に出たことはなかったので楽しみだったし、夫婦で呼んでくれて歓迎してくれて、ホッとしましたね」

そんな様子に胸をなでおろしていたのが、宇和島東高校時代の陸上部の恩師、和家哲也さん(現:県立宇和高校教諭)だった。高校卒業後、大学、社会人と第一線で活躍する鈴木選手を地元愛媛から見守ってきた和家さん。周囲の期待とは裏腹に、レースから遠ざかっていた教え子の心持ちをずっと気にかけていたという。

宇和島東高校時代の恩師 和家哲也さん

「できるだけそっとしておいてやった方が…、彼の人間性からして苦しい時期でも丁寧に対応しようとするので」

それでも和家さんは、天国と地獄を味わった鈴木選手の心の成長をしっかりと感じとっていた。

「以前の彼だったら、もしかしたらオドオドしていたかもしれないけれど。ずいぶん大人になったなという感じですね。高校時代は“練習の虫”で、完璧主義なところもあって、仕上がっていない状態ではレースに臨みたくないという感じでした。最近は、今の状態でベストを尽くすということを自分で受け入れられるようになってきたのではないでしょうかね」

そして和家さんは、その心境の変化の理由の1つをこう見ている。

「やはり一緒にプレッシャーを共有してくれる人がいるというのは大きいのではないでしょうか」と、妻・一山選手の存在に触れた上で「実際に話をさせてもらうと、2人は似ているなと。むしろ真緒ちゃんの方がものすごくストイックに取り組むそうですね。健吾はアスリートとしても刺激を受け、元気をもらっていると思います」

そんな和家さんは今回、帰郷した鈴木選手に陸上部の生徒達との交流の場を用意。「走ることへの純粋な気持ち」を思い出してほしいと考えていたという。

「中学生、高校生の目がもうキラキラしている状態で、本当に憧れの人達がまさにそこにいてくれてね。それで健吾も生徒達に『走ることを好きでいてね』とか、少し有望な選手に対しては『絶対慌てちゃダメだよとか『あせらずじっくりやるんだよ』というような声をかけていました」

陸上で夢を見る故郷の後輩達の真っ直ぐな眼差しを、真正面から受け止めた鈴木選手。

「パワーをもらいましたね。やっぱりたくさんの人が応援してくれているんだなというのを、地元に帰ってあらためて感じることができたので、本当に頑張りたいなと思いました」