世界陸上ブダペスト(8月19~27日)の男子110mハードルで、泉谷駿介(23、住友電工)がこの種目日本人初のファイナリスト(決勝進出者)となる可能性が大きい。泉谷の技術のどんなところがすごいのかを、2人のハードルOBに語ってもらった。1人は16年リオ五輪代表だった矢澤航さん、もう1人は泉谷の前の日本記録保持者で、21年東京五輪代表だった金井大旺さん。ライバルでもあった2人が、泉谷の特徴をどう見ているか。トップ選手ならではの話がポンポン飛び出てきた。

泉谷の武器は「足首の強さ」

日本代表を経験した同じハードラーとして、泉谷の強さをどこに感じるか。矢澤さんは「足首の強さが一番のストロングポイント」と指摘する。

「足首の強さが(走幅跳でも日本トップレベルの8mを跳ぶ)跳躍力につながっていることに加えて、ハードルを越えて着地したときも威力を発揮します。普通だったら潰れるような角度で接地するのに、泉谷君は潰れず支えることができる。背伸びして指先で着きに行くような角度なんです」

金井さんも「僕があの角度で着いたら潰れます」と同意するが、金井さんは現役時代、別の技術でその部分を補っていた。日本人初の13秒1台(13秒16=21年4月)を出し時には、接地した後にヒザを曲げたまま、次の1歩に移っていく動きを完成させていた。日本人選手では「金井だけができる技術だった」と矢澤さんは言う。

泉谷は接地時に足首が潰れないから、高い腰の位置でランニング動作に入って行ける。

「普通に立っているときより、ハードル間を走っているときの方が身長が高く見えます。科学的に正しいのかわかりませんが、泉谷君のように接地面が小さくて、尖っているものが地面に力を加えるとスピードが出せる」

金井さんも足首の強さが、泉谷の一番の武器だと感じている。

「普通の選手はハードルに対して踏み切るとき、沈み込む動きが入るんです。僕はそこで苦労しましたが、泉谷君は沈まずそのまま踏み切れる」

そして今季の泉谷は、ハードル間を刻むリズムが一段と速くなっていると金井さんは感じている。

「ハードル間の脚の回転を速くして、小刻みにさばく能力ですね。僕はそこがあまり回せなかったのですが、泉谷選手はすごく刻めるから、遠くから踏み切ることができる」

泉谷自身も次のように、自身の今季の成長を話していた。

「前半から中盤以降のハードリングが安定してきました。遠い位置から踏み切って、ハードリングの(軌跡の)頂点が合って、しっかりハードルを越えられる。そして着地したらインターバルを素早く刻んで行く。それを繰り返すのですが、その技術が変わってきたことが成長につながっています」

泉谷の足首の強さが、今季の最大の武器であるインターバルの走りを支えている。

金井さん(左)と矢澤さん(右)

ハードルにぶつけても影響を受けなくなった泉谷

コンチネンタルツアー・オストラヴァ大会(6月27日)の泉谷は、前編で紹介したように「ハードルに悪い当て方」をしてしまった。接地した際に体勢が崩れて素早いインターバルの走りへ移行できなかったのだ。

体自体も「締まっていなかった」と泉谷は振り返っている。それが1台目までの7歩にも出ていたのだろう。矢澤さんは「間延びしていた」と感じていた。

「1台目の踏み切りがハードルに近かったのだと思います。それで浮いてしまって、そこからまた加速しようとしたのですが思ったほど乗れなかった。4台目か5台目で当てていますが、スピードが乗るところで当てるのが一番嫌なんです。7台目くらいでも当てて、体が開いてしまって立て直せませんでした」

金井さんは1台目の入りの重要性が際立ったという。1台目を失敗して接地位置が狂えば、その後の全部のハードルで狂ってしまう可能性が生じる。

「1台目の踏み切り位置とか、踏み切った後の方向がしっかりしていると、だいたいうまく行くんですけど、1台目、2台目ができないと、ハードル間が3歩なんで、すぐ次のハードルが来るんですよ。修正しようと思ってもなかなかできません。5歩あったら修正できるので、技術を確認する意味もあって練習では取り入れていましたが、3歩だと着地して1歩目でおかしいと思っても、あと2歩しかない。中盤から修正していくのはかなり難しい作業ですね」

逆に1台目が上手くいけば、中盤以降でハードルに当てても影響が少ない。矢澤さんが次のように説明した。
「1台目で“終わった”と思うこともありますが、1台目が上手くいけば、その後多少の狂いが生じても修正がしやすいですね。ハードルに多少当てたくらいなら、影響は小さくとどめられる。世界陸上2連勝中のG.ホロウェイ(アメリカ)のレースや、D.アレン(アメリカ)が12秒84を出したレースなど、中盤や後半でガシャガシャ当てていても、最初の入りが良かったから体勢を崩していなかった」

泉谷がDLローザンヌで優勝したときや、DLロンドンで2位(13秒06)になったとき、何台もハードルに当てている。それでも結果を出している。DLという世界最高レベルの大会でそれができるのも、泉谷の大きな武器と言っていい。