日露戦争中の1904年当時、日本最大の国産船「常陸丸」が玄界灘を航海中、ロシア艦隊によって撃沈されました。死者1000人以上。沈没から119年たって初めて海底に眠る船の姿を私たちのカメラがとらえました。
「これやない?」
「これでしょう?」
「沈船や!」
水深80メートルの先にあったのは陸軍御用船、常陸丸でした。常陸丸は日露戦争中の1904年、福岡県沖で兵士らを輸送中にロシア艦隊から100発もの射撃を受け、沈みました。死者は1000人以上。「悲劇の常陸丸」「常陸丸事件」として語り継がれてきました。
常陸丸が見つかったのは、その福岡県沖、世界遺産・沖ノ島付近の海域でした。
BS-TBSの特別番組「幻の海底遺産を探せ!」の取材班が海底をソナー調査したところ、長さ134メートルの巨大なふくらみを見つけ、今年5月、特別な許可を得て水中ドローンで捜索を始めたのです。
海底で見えた、常陸丸を象徴するマストのようなもの、この筒状のものは排気口だと考えられます。数々の特徴や陸軍の資料などからこの船が、あの「常陸丸」だと判明したのです。
水中考古学者の佐々木ランディ博士にお話を伺いました。
実際に発見した現場にいた 帝京大学 佐々木ランディ准教授
「(探索チームのしたことは)何かがあるぞっていうようなものを、歴史事実を結びつけてこれだということを実証するということができた。そういうようなインパクトが一番大きいかなと思います」
上村彩子キャスター
「水中考古学を通じて、これからの展望や、こういうことをしていきたいというのがあったら教えてください」
実際に発見した現場にいた 帝京大学 佐々木ランディ准教授
「私の一番の願いは、本当にたくさんの人に水中文化遺産っていうものが存在していることを知ってほしいのが一番ですね。おそらく日本全国に、本当は遺跡を発見した方がたくさんいらっしゃると思うんですけど、自分でその価値に気がついていない。『これなんか遺跡じゃないのかな』と思ったらですね、もうそう思った瞬間、おそらくそれ実は遺跡なんです」
佐々木ランディ博士によれば、水中の遺跡は登録されていないものを含めるとおよそ600件あると言いますが、実際にはその何十倍もの“遺産”が発見されずにまだ、海の中で眠っているのだということです。
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