どんなに少数でも必ず人権尊重を “どちらも守る”のが「政治の役割」

ーー法律上は男性だが女性として暮らすトランスジェンダーの経産省の職員が、省内で女性用トイレの使用を不当に制限されたと国を訴えた裁判で、最高裁は「制限は違法」という判決を出しました。この職員はホルモン治療を続けて2010年から女性の服装で働いていて、女性用トイレの使用も望んだが、経産省は他の女性職員への配慮を理由に勤務フロアから2階以上離れた女性用トイレの使用を求めたということです。これはどうご覧になりますか。

自民党 石破茂 元幹事長:
そういう方々が実際おられるわけで、全体から見れば率は低いのかもしれないけれど、その人にとっては大変な問題なわけですよね。そういう人に対して、ずいぶん長いこと5年間くらいかな、そういう状況をそのままにしておいたってのは決して褒められた話じゃない。
少数かもしれないけれど、どんなに少数の人でも人権は十分に重んじなきゃいかん話です。それと同時に、LGBT法のときもそうだったけど「なりすまし」みたいな人がいるかもしれないと。女性用の大浴場に入ってきたときに「私は見た目は男性だけど心は女性」だと。実際そうなのだろう、なりすましでなくて、本当にそうなのかもしれない。なりすましではもっと悪いんだけど、そこですごいショックを受ける女性の人たちに対してどうするんだってことも、同時にきちんと打ち出さなきゃいかんですよね。
これは公衆浴場法違反なのか、不法侵入なのか、軽犯罪法なのか。何にしてもどっちの権利もきちんと守られるようにするのが、綺麗事言うようだけど政治の役割です

ーー極端な話が出てくるんですよね。この判決の後もネットなどで「女装した男が女性トイレにやってきたら大変だ」とか。LGBT法のときも自民党の保守派からそういう話がよく出ました。

自民党 石破茂 元幹事長:
なりすましなんて犯罪以外の何ものでもないわけですよね。それは公衆浴場法違反なんですか、何ですかと。「こういうのをやっちゃいけません」ということをちゃんと言わないからこんな話になるわけですよね。実際に、見た目は男性で心はもう全く女性なのですよという人をどうするか、ということになるわけだけれども、そこはどうやってそれを…「ダメなんですよ」とは言うんだが、じゃあその人の権利はどうしてくれるのよ、ということが私はいま一つよくわからない。理解増進だけでは済まないところがある