7年前、軽井沢町で15人が亡くなったスキーバス事故で、一審で8日、実刑判決を受けた当時の運行管理者が控訴しました。
判決から一夜が明け、遺族が慰霊碑を訪れました。

軽井沢町の事故現場に立てられた慰霊碑を訪れた、田原義則(たはら・よしのり)さん。
7年前の事故で次男の寛(かん)さんを亡くしました。

■田原義則さん
「責任の所在が明確になるのに7年半やっぱり長いかなと思いますね」
2016年1月15日に軽井沢町の碓氷(うすい)バイパスで、スキーツアーバスが道路脇に転落し、大学生など15人が死亡、26人が重軽傷を負いました。
事故の責任を巡り、バスの運行会社の社長・高橋美作(たかはし・みさく)被告61歳と当時の運行管理者・荒井強(あらい・つよし)被告54歳が業務上過失致死傷の罪で起訴され、長野地方裁判所は8日、高橋被告に禁錮3年、荒井被告に禁錮4年の実刑判決を言い渡しました。

■田原義則さん
「会社側の責任が明確になってそれが一つの区切りでもあるんですけど二度と起こらないようにするにはまだまだやるべきことはあるのかなと。そういうことを思いながらこの悲惨な事故が起きた現場で息子に語り掛けた」
田原さんが代表をつとめる遺族会「1.15サクラソウの会」では、国が定めた再発防止策のあり方などについて、今後、国交省などと意見交換を行っていくということです。

一方、荒井被告は8日付けで控訴していて、田原さんは「判決を受け止めてほしかった」と話し、今後、遺族会や地検などと対応を考えていくとしています。














