注目したいラストスパート

昨年の3種目から今年は2種目へ。日本選手権の種目を絞る理由の1つを、田中は「周りは挑戦する姿勢だけでもすごいと言ってくれますが、(形だけの)パフォーマンスになっていた」と話す。田中コーチは「指導者としては5000mと(非公認だが)3000mで自己新も出て、不安になる必要はないと思っていましたが、どの種目も中途半端になって、成長している手応えを本人が感じていなかった」と説明する。

4月にプロ的な立場になり、当初は不安などからレースへの集中力が高まらなかった。4月後半から徐々にレースを楽しむ気持ちを取り戻し、米国遠征で完全に自分を取り戻した。

世界陸上ブダペストで入賞ができれば、来年のパリ五輪でメダルを狙うことも視野に入ってくる。その過程での日本選手権出場となる。

1500mの標準記録は4分03秒50で、ペースメーカー不在の国内レースで破るのは難しい。しかしRoad to Budapest 23(標準記録突破者と世界ランキング上位者を1国3人カウントした世界陸連作成のリスト)の順位が、5月28日時点で26位。エントリー人数枠は56人なので、標準記録が突破できなかった場合は8月2日以降に代表入りが決まる情勢だ。日本選手権はワールドランキングの順位得点が高いので、確実に勝ちに行くだろう。

5000mもRoad to Budapest 23で19位につけている。ワールドランキングでの出場も可能だが、14分57秒00の標準記録も手が届く位置にいる。突破して日本選手権3位以内に入れば代表に内定する。

両種目とも田中のラストスパートに注目したい。1500mはGGP後のコメントで触れていたように、最後の1周で60秒を切ることができれば田中の新たな勲章となる。

5000mは残り1000mの通過タイムに着目して観戦してほしい。

田中希実5000mの1000m毎の通過とスプリットタイム(主要大会)

過去の主要大会のタイムとGGPのラストの走りから、日本選手権のラスト1000mは2分50秒を切ってくると予測できる。つまり4000m通過が12分10秒なら、14分57秒00の標準記録突破が期待できる。

昨年の世界陸上オレゴン(予選)は調子が落ちていたし、3種目出場の疲労があり、ラスト1000mが2分57秒77かかった。そのときと同じ12分02秒前後の4000m通過なら、日本記録更新の可能性がある。

GGPのレース後の田中のコメントからも、その期待が持てた。

「(フラッグスタッフ以降の練習では)ジョグも今までにないスピードで走っています。ケニア人選手が普段やっていることに近いことはできている。その自負を持つことができました。普段からやっていることが違うわけで、だから失敗しないし、海外基準でも、ここまでのことはなかなかできないと思います」

トラックの1000m、3000mという距離でのスピード練習ではなく、5km、10kmと走るジョグのスピードが上がっている。田中コーチは「5000m仕様の体になっている」と言う。田中本人も「(5000mに)生かしたいな、と思っています」と話した。
田中が今季初5000mでブダペストへの切符を手にしそうだ。

(TEXT by 寺田辰朗 /フリーライター)