震災後に福島県に移住した人は、おととし、過去最高を更新しました。

中でも、原発事故で避難指示の出された12市町村に移住した人は、2021年度は400人を超え、大幅に増加しました。

そして、人だけではなく、会社などの法人も、増えています。民間の調査会社の調べでは、おととし県内に設立された法人は1000を超えました。これは、5年ぶりの増加です。

背景には、県が行っている手厚い創業支援などがあるとみられています。実際に、どんな思いで県内に移住し、事業を起こしたのか。広野町の男性に話を聞きました。

工場に響く、ミシンの音。ここは、広野町にあるアパレル製品の管理などを行う会社「ケネディ」です。おととし11月に、操業を始めたばかりの会社です。

浦住秀一さん「海沿いは全く別の街になっている。現地の方を雇用したり関東の企業様から仕事をいただいたりとか、復興に少しでもお手伝いできればと思って」

ケネディの社長、浦住秀一さん(43)。いわき市出身で、オーストラリアで、アパレル事業の経験もあります。震災当時、オーストラリアにいた浦住さん。ふるさとの復興を、海外から見つめる日々でした。

おととし、いわき市に帰省した際、浜通りの現状を目の当たりにし、広野町に移り住み、起業することを決めました。後押ししたのは、県の支援事業です。浦住さんもこの制度を利用して、起業しました。

浦住さん「ずっと何かしたいなと思いはあったができていなかったので、いい機会だなと思って。非常に助かります」

アパレルメーカーからの在庫を保管し、この広野町から、全国に向けて出荷されています。

Q.これを行っているのは?
浦住さん「地元のパートさんです」
Q.広野で雇用を増やしていくということにもつながってくる?
浦住さん「そうですね」

ケネディでは現在4人が働いていて、地元に雇用を生み出しています。

地元の従業員「働きやすい職場だと思う。他の社員とも仲良く作業できるので」

これまでの経験を生かし、浜通りで事業を展開する浦住さん。地元のいわき市でも、新たな事業を始めました。