第2次世界大戦後、最大の戦争となったウクライナ戦争。ロシア、ウクライナ両国の死傷者の合計は35万人を超えたとも伝えられる。そんな中、両国内で徴兵逃れが後を絶たない。大義の無い戦争に強制動員されるロシア国民が海外へ脱出するなど徴兵を逃れようとする動きは去年からあった。だが今急増しているのはウクライナの徴兵逃れだ。1年経った現実を見た。
「父子家庭も動員の対象外なので、偽装離婚して…」
去年2月24日、ロシアの侵攻を受けてウクライナでは総動員令が発せられ18歳から60歳までの男性の出国を禁じた。この時、ウクライナの男性の多くが自ら入隊を志願した。一方的に攻め込まれた国の男たちは“祖国を守る”という大義に燃え、士気は大いに高かった。去年3月の映像を遡ってみると、リビウで志願する男性たちで先が見えないほどの行列ができていた。

ところが、1年が過ぎ状況はずいぶん変わったようだ。
ウクライナの民間シンクタンク、戦争研究所の所長に実態を聞いた。現在志願兵は殆どいない。この半年の動員は事実上強制的な動員。一方で“徴兵逃れ”は後を絶たず、召喚状を出した内およそ1割が何らかの方法で徴兵を逃れようとしているという。
ウクライナ戦争研究所 ルスラン・ボルトニク所長
「(徴兵逃れのため)軍務に従事できないという偽の証明書を手に入れようとするケースが非常に多い。健康診断の結果“不良”という偽証明書、身体障碍者の証明書の作成などがある。18歳未満の子育て中の父子家庭も動員の対象外なので、偽装離婚して子供を一人で育てているふりをする場合も…」

他にも子供が3人以上いれば動員されないので、それを証明する書類を偽造するやり方もある。
これら書類を偽造したり国外逃亡を手助けしたりするブローカーにも番組は直接接触した。話によると徴兵免除の証明書の作成で約80万円というケースもあった。また、モルドバ経由でヨーロッパへ逃亡するのを手配して約67万円という例もあるという。

「前線ではなく後方で死ぬんだ」
徴兵逃れが増えた要因の一つに今年になって変更された給与体系がある。前線の兵士の給料を上げた代わりに後方支援の軍務担当者の給与が半減したという。しかし…。
ウクライナ戦争研究所 ルスラン・ボルトニク所長
「ウクライナに“後方”はない。すべての地域が攻撃される。訓練センターやインフラ施設警備中に死亡した人も多い。前線ではなく後方で死ぬんだ。それなのに給与半減では軍に入るモチベーションに影響が出る」
しかし、徴兵逃れが増えているのは給料の問題ではないというのが大方の見方だ。
神戸学院大学経済学部 岡部芳彦教授
「戦争が1年以上続いて、意識の変化というのは男性だけでなく、国民全体にある。世論調査で“ウクライナが勝つと信じているか”を問えばいまだに9割を超える人が“そうだ”と答えるんですが実際に戦争に行くってなるとプレッシャーであることは間違いない」
防衛研究所 兵頭慎治研究幹事
「戦争の長期化に加えて死傷者の数が増えてる。ロシア側は20万人以上、ウクライナ側も10万人以上が死傷していますから、やはり動員されて戦場に送られた場合は自分の命もなくなるんじゃないかって心配する。当然ですけど…」
ボルトニク所長によれば徴兵逃れは50万人にのぼるとも言われる。取り締まりを厳しくしても無理に動員された兵士の士気は上がらないだろう。これはロシア同様だろうが、その一方でウクライナには急増している兵士もいた…。
「明日生きていられるのかわからない」

男性の志願兵は姿を消したウクライナで急増しているのが、女性の兵士だ。ロシアの軍事侵攻前、ウクライナには3万2000人の女性兵士(21年12月)がいたが、今年3月時点で4万3000人に増えている。34%増だ。番組では、前線にいる女性志願兵と連絡が取れた。激戦が続く東部にいること以外詳しい場所は言えないとしながらもインタビューに応じてくれた。

ウクライナ軍衛生兵 カテリーナ・ヤムシコワさん(31歳)
「バフムトの部隊にいた時は明日生きていられるのかわからないと思いました。沢山の負傷者がいて誰もが横たわったり、座ったりすることもできないことがありました。私が彼の手術をしていた時、彼は私を心配して『あなたを汚したくない、大変だろう』といってくれました。兵士は泣かず、忍耐強かったのに私を心配してくれました。その間私は彼の血が流れるのを止めていました」
彼女が軍に志願したのはロシアの侵攻が始まってすぐの2月下旬。そして今、軍事機密のためどこで任務についているのか夫や息子にも言えないという。なぜ軍に入ったのか、後悔はないのだろうか…

ウクライナ軍衛生兵 カテリーナ・ヤムシコワさん(31歳)
「作戦ではじめてドネツクに行きました。ウクライナの美しい自然に驚かされました。私が軍に志願した最大の理由がそこにあります。戦争後息子がどこで暮らすか心配しないで済むようにしたいのです。私たちは日常生活に戻りたい。夫ともう一人子供を作りたい。しかし、その前にやらなければならない仕事が沢山あることを私たちは知っています」

入隊前はコーヒーショップを経営していた。ロシアの軍事侵攻後すぐに志願した。衛生兵だがカラシニコフを持ち、攻撃訓練にも参加する。志願したのだから士気は高い。しかし、女性兵士が増えた一方で、軍に女性の受け入れ態勢が整っていないのもまた事実だった。
女性兵士のための支援団体を設立した市議に話を聞いた。
キーウ市会議員 イリナ・ニコラク氏
「これほど大勢の女性が入隊するとは誰も思いもしなかったのです。それで女性兵士に渡す軍服はその人のサイズより3倍も大きいものです。5倍くらい大きい場合もあります。女性用はないので男性用の軍服や軍下着を使うしかなかったのです。軍の物は男性のためだけに作られていたのです」
ニコラク氏の設立した団体では、まず3000着の女性用サイズの軍服を無償提供したという。

キーウ市会議員 イリナ・ニコラク氏
「ウクライナの女性たちは固定観念を壊したのです。軍で女性が男性と同様に有能であることを証明したのです。(中略)こうした女性たち(軍に志願した)の選択を尊敬しています。他のウクライナ人のために自分の命を懸けて軍で働く彼女たちを誇りに思っています」
戦争まで女性活躍の場が広がることの虚無。プーチン氏が侵攻を止める決断を早くすることを祈るしかない。
(BS-TBS『報道1930』4月13日放送より)