極刑より、生きて遺族の気持ちを分かって…
島津被告との面会をきっかけに中村さんの気持ちに変化が生まれました。
中村さんの妻:「接見してきて思うのは、私たちは死ぬまでこの思い引きずっていくんですよね。ずっと。でも、例えば彼がもし極刑の判決を受けたとして、もし刑が執行されてこの世からいなくなったら、それでじゃあ彼の罪が消えたかっていうと本来そうじゃないんですよね。彼にも生きている間中、この事件を引きずってもらって、ずっとこの事件と向き合っていけば、いつか彼も謝罪する気持ちが出てくるんだろうかと思ったりもするんですよね」

2021年1月。富山地裁で始まった一審の裁判員裁判。島津被告は公判で1度も口を開かず、事件について本人の口から語られることはありませんでした。

最終陳述で中村さんの妻は島津被告にこう語りかけました。
中村さんの妻:「島津慧大さん、家族みんなが幸せを感じていた生活をあなたは私たちから奪ったのです。島津慧大さん私たちに信ちゃんを返しなさい。あなたが死刑になっても 私たち家族は生きている限りこの苦しみから 一生逃れることはできない。科すべき刑は死刑をおいてないと思いますが私はあなたにはできるだけ長く生きて、私たち家族と同じくらい苦しんで、後悔し続けて生涯を終えてほしい」

中村さんの「島津慧大さん」との呼びかけにこれまで無言を貫いていた島津被告は中村さんの方に体をむけじっとみつめていました。
一審で富山地裁は争点となっていた強盗殺人罪について警察官殺害の後に、拳銃を取る意思が生じた可能性を取り除くことができず、殺人と窃盗の罪に留まるとしました。また被告の自閉症スペクトラムの影響については犯行に至る経緯、動機形成の過程に一定程度、酌むべき事情があるとして、検察側の死刑の求刑に対し、無期懲役の判決を言い渡しました。

中村さんの妻:「裁判官の方や裁判員の方たちが本当に大変な思いをされて出された判決だと思っています。今は無期懲役というものを受け止めようと思っています」

中村さんの長女:「私は死刑を望んでいたので無期懲役という判決は悔しいの一言です」
この判決に検察側と島津被告本人が控訴。
2022年3月。名古屋高裁金沢支部は、無期懲役とした一審判決には事実誤認があるとしてこの判決を破棄。富山地裁に審理を差し戻しました。島津被告が控訴審の法廷に現れることはありませんでした。

中村さんの妻:「きょうの結果を踏まえて再度また富山でもしかしたらという思いもいま持っている。(島津被告に)できれば法廷の場に出て自分の言葉で語ってほしい」