先住民の子どもたちに異変が続出…懸念を深める医師
サンタレン州立病院のエリック・ジェニングス医師に面会できた。20年にわたり、先住民の訪問診療を続けている。先住民の多くの集落は、インフラが整っていない、かなり遠隔の地にあるため、自らセスナ機を操縦して通っているという。
「この地域では、実際、このような症状がある多くの子どもを見てきました」
先住民地域で活動する看護師からの報告がきっかけだったという。そのうえで、懸念を語った。
「私が最も懸念しているのが、脳の異常とともに生まれてくる子どもです。人に依存しないと生きていけない子どもです」

例えば、この子です、と、医師は、パソコンでスライドを見せた。
「この子は、病院に来ました。12歳か13歳です。脳の、この部分に異常があり、ここ(上部)は普通です。この状態は水銀中毒の可能性が高いのです。完全に車いすの生活で、話すことも歩くこともできません」
医師は「水銀中毒」の可能性を指摘した。
「水銀は、母親の胎盤を通して、胎児の脳に異常を引き起こすからです。先住民居住地には、歩けない子ども、脳性麻痺の子どもがいます。おそらく、水銀中毒によるものとみられます」
ほかにも、子どもたちの写真や動画を示しながら、私にこう尋ねた。
「水銀中毒の症状に、とても合致しています。水俣とアマゾンの子どもたちが、かなり似ていることに気づきましたか?」
子どもたちから検出される高濃度の水銀
冒頭で紹介した、障がいのある8歳のアレックスくんは、2年前、毛髪に含まれる水銀の検査を受けていた。ブラジルの国立研究機関フィオクルズによる調査だ。
「1グラムあたり、6.2マイクログラム」

EPA=米国環境保護庁の基準で、「高い」とされる結果だった。
アレックスくんの父は、家族全員の検査結果が基準よりも高かったことを明かした。
「この検査は、私たちに深刻な結果をもたらしました。皆、自分の体内の高い水銀濃度に、とても驚きました。家族全員の検査結果が高かったのです」
ムンドゥルク族の多くの子どもたちから、高濃度の水銀が検出されている。別の集落、サウレ・ムブイ村に住む9歳の少女、ヒオクレア・サウさんからは、「かなり高い」とされる数値、22.1マイクログラムの水銀が検出されていた。
「私はとても心配しています。将来、娘が歩くことができなくなるとか、失明するとか」
ヒオクレアさんの母は、医師から「妊娠中に水銀が胎児の体内に入った」と説明を受けたという。少女の祖父でもある、ジュアレース・サウ首長は、自分の集落であった、こんな事実も明かした。
「この集落で2回の自然流産がありました。頭や体に奇形がある子どもで、母親は、その姿を見て驚いていました」
この集落では流産だけでなく、子どもの死亡例もあった。
「娘は病気がちでよくなることはないまま、亡くなってしまいました」
シアニ・パニョンさん(22歳)は、2年前、1歳の娘を亡くした。成長が遅く、病気がちだったという。娘の死後、遺体の検査結果が告げられた。
「検査によって水銀の存在を知りました。すでに、娘の身体は強い水銀で汚染されていたんです」
その時、彼女は初めて、水銀の存在を知ったという。
子どもの死亡例について、先住民地域の診療を続けるジェニングス医師も着目していた。
「私が把握している数字としては、この地域全体で100人以上が、神経系の異常で亡くなっています。そのほとんどが子どもでした」
ジェニングス医師によれば、先住民地域の子どもたちに、大きく分けて3つの症例があるという。▽歩くことができない。体を自由に動かすことができない。▽抹消神経が損傷したことにより感覚の異常がある。▽視覚障害や集中力不足、平行感覚の異常などがある。
地域が抱える医療環境から、子どもたちの精密な検査が困難なため、明確な要因は未解明であるものの、多くの子どもの健康被害は、水銀の影響の可能性が高いとみられている。医師は「体系的な研究が必要」と訴える。国立研究機関フィオクルズは、先住民の一部地域で今年にも、妊婦と2歳未満の子どもを対象とした調査を検討しているという。こうした症例は、関係者の間で、日本の水俣病との類似から“ブラジルの水俣病”と呼ばれ始めている。
では、なぜ「水銀」が先住民の人々の身体に取り込まれているのか?<後編>で、アマゾンの森や川で拡大を続ける金の違法採掘の実態を報告する。


















