「消しゴムがあれば…」 ウクライナから避難してきた母の思い
ロシアがウクライナに侵攻を始めてきょうで1年です。侵攻開始前から倉敷市に住むウクライナ人女性と、戦火を逃れ避難してきたその母に、いまも大切な人の命が失われる日々が続いている祖国への思いを聞きました。
(リリヤ・バビィさん)「いつか帰れる日がくるのでしょうか」

「2月24日(侵攻が始まった日)は私の場合は消したいので、消しゴムがあれば2月24日は消したい、カレンダーから」


(♪チャリティコンサートの歌声)

チャリティーコンサートで歌手の沢知恵(さわ・ともえ)さんが披露した大切な人への思いを綴る歌に涙したのは、倉敷市在住のウクライナ人女性、リリヤ・バビィさんです。


リリヤさんの故郷ウクライナにロシアが侵攻を始めたのはちょうど1年前のきょう(2月24日)。この1年で変わり果てたウクライナの街…多くの人が命を失い、国を追われました。


リリヤさんの母、イエブヘニア・バビィさんも、戦火を逃れるためやむを得ず祖国を離れた一人です。

(リリヤ・バビィさん)「朝は、あしたはどうなっているか分からない」

(イエブヘニア・バビィさん)「最初日本に来るときにはストレスが多くて、書類の関係とかいろいろあったけれど、空襲警報の音も聞こえないからとても安心しています」

結婚を機に日本で20年以上暮らしていた娘のリリヤさんを頼って避難したイエブへニアさん。

身の安全の確保はもちろんでしたが、持病の糖尿病の悪化が避難の決断に大きく影響しました。

「いまは一般人が受け入れられない状態。空襲警報が鳴ったら病院から出ないといけない」