オレクさん:
「このまま日本でしばらく暮らすことになる。そうなれば仕事をしないといけない」
アレックスさんの祖母 ナターシャ・パシュコフスキーさん(59):
「帰りたくても帰れる状況じゃないわ」

オレクさんもナターシャさんも、日本語どころか英語も話せません。

日常生活に不便もありますが、言葉の壁については便利なツールが助けになっています。
買い物でやって来たスーパーで、スマートフォンを商品にかざしました。

“からあげ粉”をウクライナ語に翻訳して…

オレクさん:
「フライドチキンパウダーだね。意外と簡単だよ便利だね」

祖母は飲食店で働いていた経験を活かして

2人が働くハウステンボス内のレストランです。

ウクライナの飲食店で働いていたナターシャさんは、厨房で“調理の仕込み”を担当しています。

調理師 田中 雅弘 アシスタントマネージャー:
「もともと調理をされていた方なので、ある程度のことはやって頂いてます。頑張って頂いてます」

オレクさんは食器の準備などを担当しています。
日本人スタッフとコミュニケーションをとる際には、『翻訳機』が活躍しています。

オレクさん:ウクライナ語で「今日は何時まで働きますか?」
スタッフ:「15時までです」
オレクさん:「OK、ありがとうございます」

“家族”がいま日本に住んでいるのは幸せだけど…

ハウステンボスで音楽活動をしているアレク・パシュコフスキーさん。
オレクさん夫妻の子供であり、アレックスさんの叔父です。

みな、日本で音楽活動をしていたアレクさんを頼って避難してきました。
しかし、今もアレクさんの“姉家族”はウクライナに残っており、心境は複雑です。

アレクさん:
「私の家族日本に住んでいるこれ幸せだけど、私の姉の家族はウクライナにいますから大変心配──We just wan't peace come faster(早く平和になってほしい)」

日本のハチミツを口にして「ミカンの風味がする!」

この日、オレクさん達はハチミツを採取する養蜂場を訪ねました。