明るかった姉と事件当日 そしてその後… ~横田拓也さんの講演から~

めぐみはですね、私の家庭の中では本当に明るいお姉ちゃんでした。

花に例えるとひまわりのような明るいお姉さん。

色に例えると、この写真のようにですね、オレンジや黄色のような明るいお姉さんでした。

読書もスポーツも勉強も何事にも前向きに励んで、本当に頼れるお姉さんでした。

当時9歳の私たちはですね、新潟の11月ってもう寒いですから、こたつに入って双子でテレビを見ていました。

いつもであれば帰ってくる時間帯にめぐみが帰ってこないので、母・早紀江が海側から陸側に向かって中学校の体育館に、(姉は)バドミントン部の部活をしていたので見に行きましたけれども、すでに子供たちの姿はなくて、ママさんバレーが始まっていたわけです。

先ほど地図を見ていただいた通りですね、1車線1車線の狭い通学路ですから、お互いが海側から陸側、陸側から海側に行けば必ず母とめぐみは遭遇し合うはずなんですけども、体育館には子供たちがいなかったと。

そうすると母が当時考えたのは、年頃の女の子なので、道をそれて友達と一緒に道草したから会えなかったんだろうと思ってですね、自宅に帰ってきてめぐみの帰りをしばらく待ったわけです。

ただしばらくしても全然めぐみが帰ってこないので、これは少し様子がおかしいと思って双子の弟を両手に持って3人で探しに行ったのが、拉致事件の始まりです。