「元々は普通にOL」途絶えた手作りの技術を約40年ぶりに復活

静岡市の老舗傘店・藤田屋。107年の歴史を誇ります。

傘はかつて職人の手作業でつくられていましたが、藤田屋では1975年ごろ、製造の拠点を海外に移したことなどから職人がいなくなり、その技術は途絶えていました。

その歴史をもう一度つなごうと、約40年ぶりに傘づくりを復活させたのが藤田さんです。

<藤田さん>
「元々は普通にOL。2019年が創業100年になるタイミングで、ちょうどそのタイミングでまたモノづくりを始めるのもいいと思って始めた」

技術を一から学ぶのは簡単ではありませんでした。

<藤田さん>
「8枚のコマを縫い合わせるのが、大変なので、一日ずっとひたすら100枚くらい縫いつづけるとか何度も何度も作っていた」

藤田さんは約1年半にわたり、東京の職人のもとで技術を学び、商品化にこぎつけるまで約2年かかりました。藤田屋だけの手作り傘を展開し始めたその矢先、状況を一変させたのが新型コロナでした。

<藤田さん>
「コロナ禍だと人があまり動けないし、活動を停止になってしまった」