「ほとんどない事例を持ち出し今決める必要があるのか」
「僕はあの、父が日の丸を燃やした次の日に生まれてるんですよ。僕が生まれた時の話を持ってこないとこの議論もできないということは、この間(そのような出来事が)ほとんどないっていうこと。ほとんどない事例を持ち出してきて、今決める必要があるのか」
沖縄戦で集団自決のあった地元読谷村のチビチリガマで、平和ガイドを務めていた昌一さん。
昌太朗さん:
「調査の段階から入って、地域のタブーを開けたうちの一人でもあるんですね。だから責任は、父なりに背負っていたんだと思います」














