母親は当初「どうにかして学校に行かせようとしていた」が…

一度、登校の機会を逃すと学校への一歩がより重くなり、一日中アニメを見たりゲームをしたりして過ごす日々。

家の空気は重くなり母親の笑顔が見られなくなったことがつらかったといいます。

母親の優希さんは当時のことをー

(母・優希さん)「当たり前のように過ごしてきたことができなくなった衝撃と、わからないという感じ。押したりひいたり、アメを使ってみたり、ムチを使ってみたり、いろいろ試行錯誤したんですけど、まあ性格もあるのか、どうやってもダメで。どうにかして行かせようとしていたよね。でもすごくつらかったです。お互い」

なかなか現実を受け入れられずにいましたが、隆仁郎くんのある言葉で目が覚めたといいます。