「石を投げられ、給食にごみ入れられ」小学校時代の壮絶ないじめ
1945年2月、中国・天津で生まれた竹内昌彦さん【画像②】。
その竹内さんは終戦後、生後6か月の時に天津からの引き揚げ船で風邪をこじらせ、急性の肺炎にかかり、何日も生死をさまよったといいます。この時に右目を失明し、左も大きく視力を落としてしまいました。
帰ってきた、両親の故郷・岡山。わずかな視力で、岡山市内の小学校に通い始めました【画像③】。戦後間もない時代。待っていたのは、目の見えない竹内さんに対する、激しいいじめと差別でした。
(竹内 昌彦さん)
「今以上にね、時代がもう『障害者は人間扱いでない』というかね。だから『目が見えない』ということは、子供の世界では、要するに『自分より劣っている』わけですから」
「残酷ですよね。目が見えないというだけで、別に何もしていないのに石を投げられたり、給食のおかずやミルクにゴミを入れられたり」

















