元衆議院議長の綿貫民輔さんが今月18日、老衰のため99歳で亡くなりました。40年間にわたって衆議院議員を務めた綿貫さん。富山県内からはその功績を称えるとともに別れを惜しむ声が相次ぎました。
今月18日、老衰のため99歳で亡くなった綿貫民輔さん。

南砺市出身で、トナミ運輸の社長就任後に政界入り。県議会議員を2期を務めたあと、1969年の衆院選で初当選。
以来、13期連続当選し、国土庁長官や建設大臣などを歴任、2000年から3年間あまり衆議院議長を務めました。

2005年には小泉政権が推し進めた「郵政民営化関連法案」の採決で信念を貫き反対票を投じ、自民党を除名に。自ら国民新党を旗揚げして初代代表に就任しました。

綿貫民輔さん(2005年)
「国民、国民、国民。平成の水戸黄門だ」
自民党内では道路族の重鎮として知られ、1991年に幹事長に就任。東海北陸自動車道の全線開通など地元の発展にも尽力しました。
2009年、衆院選での落選を機に政界を引退しましたが、自民党県連から党本部への強い要望により2016年に復党。亡くなるまで10年間、県連の最高顧問を務めていました。














