『自民党県民の集い』での田中角栄(1984年5月21日 収録)

自民党にはご迷惑をかけておりますので、たまには出てきて協力しろと、こういうことでございますので、こうして伺ったわけでございます。

伺ったわけでございますというと他人行儀になりますが、私は自民党は出ましたけれども、公には自民党周辺居住者などと言っておりますが、自民党以外の何者でもありません。
人もそう思ってるんです。「私が周辺居住者でございまして、自民党党員ではありません」とそう言っても、自民党田中派であると、こう書くんですから。
人も我も、みなそう思っておる。事実、私自身こう考えておるわけでございます。

今日は、俗に言う『自民党県民の集い』ということで私は参りましたが、1から11までのこう、ずっと式次第がございますけれども、ずっとこれご挨拶だけすると。

結局、決起集会ということだな。
もちろんそういうことで十分な意義があると、こう考えるわけでございます。
私には国会議員として、3時16分から3時36分まで20分、こういうことでございますが、時間も5分ぐらい過ぎておりますから、15分ぐらいに縮めて、ちゃんとこの日程に合うように、ご挨拶を申し上げておこうと思います。

ちょうど10年間の予算を見ましたら、一般会計で19兆円が50兆円余になってるわけです。

昭和49年、私の内閣の最後でございますが、一般会計19兆円。これが今度の59年度予算で見ますと、予算が少ない少ないと言っておりますけれども、58年で50兆830億円ということですから、これはまぁでかくなってるんです。