当時小6の被爆者「むごい状況を広めないと無くならん」

語り部 西藤康廣さん(92)
「むごい状況を広めていかんといけんわね。そうせんと被爆、原爆というのはなくならん」
こう語るのは広島県出身で現在は石川・加賀市に住む、語り部の西藤康廣さん92歳。小学4年のころ、父親がマニラに出征しました。
語り部 西藤康廣さん(92)
「私は寝たふりしていたが額にしずくが落ちてくる。(父は)『わしはもうおそらく帰ってこれん』『だからお前ら家をちゃんと守るんだぞ』と言って泣いていた」
父は戦死し、西藤さんは当時住んでいた広島で被爆。今もその症状に悩まされています。パネル展の会場では、展示されている戦時中の写真を親子に説明して回ります。
語り部 西藤康廣さん(92)
「全部の皮膚が落ちてこう『痛い痛い』と言ってもう痛さもわからん。『水ください』しか言わん。そういう人たちがここにたくさん並んでいる」「何で殺しあうかと言ったら武器があるからです。その武器を日本は増やしちゃいけん」「いい子になるんよ…ありがとうね」
Q 展示を見てどう思った?
「人って溶けるんだなって」
Q どうすべき?
「うーん…戦争はもうしない!」(子ども/小学3年生)
子どもの親
「(子どもには)ちょっと早いかなと思ったりもするけど…少しでも知って、戦争をやっちゃいけないということを子どもたちにも知ってほしい」














