迫る煙、そして炎

火災は三日三晩続いたといいます。
そして、帝都東京は焼け野原となりました。その際の画像が普段我々が見慣れている「関東大震災後」の画像なのです。
ここで強調したいのは、ここまでの画像で分かるとおり、地震ではそこまで壊れなかった、つまり、本当に怖いのは火事だったということなのです。
そしてもうひとつの教訓は避難所のあり方でしょう。
最大被害を出した「本所被服廠跡」
最大の被害を出した「本所被服廠跡」では、およそ3万2000人の被災者が一箇所で亡くなりました。本所被服廠跡とは、元々軍服を作る工場の跡地だった広大な空き地(当時)であり、その空き地を目指して集まった人々が「火災旋風」に巻き込まれた結果だと推測されています。
ちなみに、この場所は、すでに出た画像の深川からは歩いて行ける距離にあります。
地震自体を避けることはできません。
しかし、地震で本当に恐いのは何なのか、火災か、津波か、それともその後の避難のあり方か?
それらを見定めることで、地震の被害を最小限に抑えることができるのではないか。そのことをこれらの映像は教えてくれるような気がします。














