著書がきっかけ…米軍回収の映像内に父の姿
戦後、松浪さんは自身の戦争体験を著書『命令一下、出で発つは』にまとめました。戦友との会話や出撃の様子、当時の切実な思いが克明に記されています。今年5月、この著書をきっかけに戦時中の”ある映像”が特定されました。
第2次世界大戦の映像資料を発掘している市民団体「豊の国宇佐市塾」がアメリカ国立公文書館から入手・分析した映像の中に、1943年4月、ブーゲンビル島の基地から爆撃機で出撃する直前、仲間とともに訓示を受ける松浪さんの姿が記録されていたのです。

この映像は旧日本軍が撮影したもので、撃墜された機体からアメリカ軍がフィルムを回収し、保存していたものでした。
豊の国宇佐市塾・織田祐輔さん:
「松浪さんの手記、日本側の記録映像の内容から、松浪さんがここに立っていることが分かりました」
公開された映像を目にした堀端さんは、そこに映る人物が父であると確信しました。
堀端さん:
「まさに父の顔です。みなさんマフラーきちんとしているでしょ。整列して本来しておかないといけないのに。不真面目ではないんだけど、真正面にきちんとしたくないのでしょうね。感慨深いというか、まさか若い頃の父の動いている姿が見られるとは思わなかったです」
松浪さんはこの日、偵察員として出撃したものの、エンジンの不調で引き返しました。

当時の戦況について松浪さんは、『紅蓮の炎をひいて突入する艦爆の後部座席で、工藤二飛曹長はアイモをだいたまま壮烈な自爆戦死をとげたのだ一掬の涙を禁じ得ない』と自身の著書に記しています。














