「語り部」になった被爆3世

福岡市在住 宮沢淳子さん(47)
「辺りは見渡す限りの焼け野原で深く澄んだ空から照りつける日差しのもと、動くものは何一つなく、恐ろしい静寂が爆心地帯を支配していました」「丸焼けの死体がゴロゴロ転がっていました。焼け焦げた路面電車の中には座席に座ったまま焼けて骨となった死体が並んでいたそうです」
長崎に原爆が投下された時の様子を語るのは、福岡市に住む宮沢淳子さん47歳です。
この日、初めて被爆者の「語り部」として人前に立ちました。
きっかけは「語り部」の育成講座
きっかけは去年7月から福岡で始まった被爆体験を伝える「語り部」の育成講座です。

福岡県原爆被害者団体協議会 事務局長 南嘉久さん(被爆2世)
「被爆者が語ってきた体験を私たちが深く学びなおして、そしてそれを語り継いでいくことが本当に重要になっている。あなたの証言活動によって今はいない被爆者の誰誰さんは人の心の中に生きていく」
県の原爆被害者団体協議会が行っているもので、参加者は、被爆の歴史や資料の調べ方、伝え方を学びながら、被爆者の言葉を語り継ぐ「語り部」を目指します。

福岡県原爆被害者団体協議会 事務局長 南嘉久さん(被爆2世)
「被爆者がいなくなる時代が来る。だけども核兵器は残っているだけじゃなく、もう使われるかもしれない。そして被爆者がいなくなった時に私たち一人一人に託されているわけですね。その鍵になるのがやっぱり被爆体験証言なんですよ。その人が自分の心が動くように、色々周りにまた働きかけていく。だからきょうの聞き手は明日の語り手だと」














