語り部として 「戦争反対、死ぬまで言い続ける」
8月、福岡県久留米市の図書館で開かれた戦時資料展。宮沢さんは20分にわたり、濱医師が見た長崎を伝えました。

福岡市在住 宮沢淳子さん(47)
「意識がはっきりしたまま高熱と出血に苦しみ、『助けてください、助けてください』と拝む人たちを前に先生たちは何1つ治療する手立てがありませんでした。多くの患者は衰弱しきっており、血便に苦しみながら亡くなっていきました。後の解剖で放射線により腸の組織が完全に壊死し、そこから出血していたことが分かったそうです。憎しみと恨みから平和は生まれない。生き残った人間にできる唯一のことは、原爆反対ということを死ぬまで言い続けることだと」
「すごく胸にきました、原爆は人類が持ってはいけない」
訪れた人
「そこにいらっしゃった方の気持ちを追体験したような気持ちになって。なんかすごい胸にきました。本当に原爆は人類が持ってはいけないものだなと、そういう風に思いました」
訪れた子供
「原爆は使ったらだめだなと思った。悲しい気持ち」

福岡市在住 宮沢淳子さん(47)
「皆さん真剣に聞いてくださっていて、こちらも励まされる思いでした。たくさんの人に本当に核爆弾使ってしまったらどうなるのか知っていただいて、絶対に使っちゃいけないという気持ちを持っていただきたい」














