戦後80年の平和を支えた憲法…現在の日本に対する危機感

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疎開先では小児ぜんそくと栄養失調で生死をさまようなど、高松空襲を境に、池田さんの生活は一変しました。

(池田實さん)
「自分の人生を考えてみたときにあの高松空襲の一番最後の飛行機の爆弾がもしわが家に落ちてなかったらそのまま塩上町で漆器の工場やっていた訳ですから自分の人生は変わっていたと思ってますそういう面では空襲は自分の人生を180度変えた」

戦後81年。池田さんは戦争の記憶が薄れていくことを危惧しています。

(池田實さん)
「世界の大国が結局武力でもって自分の思い通りにしていこうとするようなやり方については怒りを覚えます」

「やっぱり平和憲法でしたねすばらしかったのは戦後80年間平和が保てたのは戦争をしない国日本というのを平和憲法のおかげで世界が認知してくれたんだと思います」

「今はまたそれがおかしくなって戦争のできる国に変わっているみたいな感じでちょっと腹立たしい思いがしています」

手足が動かなくても「口は喋れる」88歳が語り継ぐ平和

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年とともに体が不自由になってきた池田さんですが、平和の大切さを訴える熱意は、衰えていません。

(池田實さん)
「今は手も足も動かないような状況ですけど口はなんとか喋れてますんで生きている間は戦争はだめよという話だけはなんとか元気な間は語り続けていきたいと思ってます」