長崎に原爆が投下されてから81年となる9日、長崎市の平和公園で平和祈念式典が行われました。

過去最多規模となる98か国の代表が参列し、高市早苗総理大臣も就任後初めて参列しました。
被爆者の平均年齢が86歳を超える中、被爆者代表は「命の限り平和を叫び続ける」と誓い、鈴木史朗長崎市長は「人類と核兵器は決して共存できない」と訴えました。
原爆投下から81年 この1年で2773人の死亡を確認
1945年8月9日、長崎に投下された原子爆弾によって、その年の末までに7万4千人もの命が奪われました。
被爆者の平均年齢は、すでに86歳を超えています。被爆者からは、原爆の被害を語り継ぎ、核兵器の廃絶を求める声が聞かれました。

胎内で被爆した男性は、母親が洗濯物を干している際に爆風を受け、全身にケロイドが残ったことを語りました。

また、きょうだい5人のうち、がんや甲状腺の病気になった人がいるという被爆者は、「絶対、核兵器が2度と使われないように」と訴えました。

別の被爆者は、現在の社会情勢について「戦争が起こる前みたいで、世の中がどうなるか不安」としたうえで、「2度と戦争・核兵器を持たないように伝えたい」と話しました。


式典では、この1年間に死亡が確認された2773人の名前が記された原爆死没者名簿が奉安され、参列者が犠牲者を悼んで黙とうをささげました。
被爆者代表の本村チヨ子さん「命の限り平和を叫び続ける」
ことしの平和祈念式典で被爆者を代表して「平和への誓い」を述べたのは、本村チヨ子さん(87)です。
3度目の応募で代表に決まった本村さんは、6歳のとき、爆心地からおよそ4.5キロ離れた自宅で被爆しました。

本村さんは「平和とは命を守ること、命とは何よりも優先されるべきもの」としたうえで、こう誓いました。
「私は残された時間を、命の限り平和を叫びつづけること、そして戦争が再び起こらないよう、この丘に眠る多くの御霊に誓います」
被爆者の高齢化が進む中、被爆体験を次の世代にどう継承していくのかが課題となっています。
鈴木市長「核兵器は『必要悪』ではなく『絶対悪』」

平和宣言で鈴木長崎市長は、日本政府に対して「非核三原則の堅持」を求めました。
そのうえで、核抑止力に依存する世界の指導者に対し、核戦争の危機を強く訴えました。鈴木市長は、核兵器が使用される可能性について、「戦争という極限状況の中で自国の存亡を懸けた究極の判断を迫られたとき、それでもなお『核のボタン』を押さないと、誰が言い切れるのでしょうか」と問いかけました。
さらに、「核抑止論は、極めて危うい。核兵器は『必要悪』ではなく『絶対悪』であり、人類と核兵器は決して共存できない」と述べ、核兵器廃絶を訴えました。
高市総理「非核三原則を堅持」「核兵器のない世界」実現へ

就任後初めて平和祈念式典に参列した高市総理は、あいさつで広島の平和記念式典と同様に「我が国は非核三原則を堅持している」と述べました。
高市総理は、「我が国は、非核三原則を堅持しており、『長崎を最後の被爆地に』という誓いの下、唯一の戦争被爆国の使命として、『核兵器のない世界』の実現に向けた現実的かつ実践的な取組を推進しています」と述べました。
被爆者の高齢化が進み、被爆体験を直接語ることができる人が少なくなる中、被爆者の「切実な声」を核兵器廃絶にどう結びつけていくのか。被爆81年の長崎で、「唯一の戦争被爆国」としての日本政府の姿勢が改めて問われています。














