■彗星のごとく現れた五輪代表・山中柚乃の光と影
大阪出身の山中選手は中学から陸上を始め、地元の高校を卒業した2019年、愛媛銀行に入りました。
それまで全国の舞台とは無縁でしたが、小林監督は競技にかける情熱に惚れ込んだと振り返ります。
(小林史和監督)
「入部当時は何の実績もなくて、本当に“普通の高校生”。ただ彼女は入部のときに
“オリンピックを目指したい”と言ってきたので、そういった情熱に惚れ込んだ」

監督の期待に応えるように、才能が一気に開花。
その年の日本選手権では、3000メートル障害で5位入賞を果たします。
(山中選手)
「練習の質・量があがったことで、タイムが大きく伸びたのでは」
(小林監督)
「自分の目標に対して、ぶれない信念を持ち続けたのではないか」
さらに2021年の日本選手権3000メートル障害を当時の日本歴代2位となる記録で制し(9分41秒84)、同じ年に開催された東京オリンピックへの切符をつかみました。
小林監督に「伸びしろのかたまり」と高く評価された山中選手ですが、翌2022年の世界陸上。
大舞台で負った右太もものケガなどが引き金となり、次第に歯車が狂い始めます。
2023年には5000メートルと1500メートルで自己新記録をマークし、復活の兆しを見せたものの、体と心はすでに限界を超え、悲鳴を上げていました。
見かねた小林監督は休養を指示します。
(小林監督)
「まあ…頑張ってきた分、しっかりした休養が必要だなと思って、本人も一回“燃え尽きた”というのが正直あったと思う」














