「将太行ってくるぞ」遺影に語りかけ、歩み続けた父親の執念
先の見えない絶望と極度の疲労の中、それでも敏さんを突き動かしていたのは、亡き息子への強い思いだけでした。
葛藤を抱えながらも、自らを奮い立たせてきた果てしない道のりと、経過した年月の重みをこう振り返ります。
(堤 敏さん)
「事件直後は報道されても、1年経ち、3年経ち、5年経つと、社会の関心は確実に薄れていきます」
「しかし遺族は、事件を風化させないために、犯人逮捕をするために、情報の提供を呼びかけ、チラシの配布、警察との連絡など、これらを自分たちで続けていかなければならないんですよ」
「情報提供を求めるチラシ、これ配るのって、ほんとしんどいんです。めまいがするような暑い日もありました。凍えるような寒い日もありました。長い時間、4時間、5時間と、ほんとに片足引きずりながら、支えられながら、声を張り上げて配った日もありました」
「コロナの時期は、大声も出せず、無言の配布、これってほんとに受け取ってもらえない。逆に僕らが怪しい、そう見えてしまいますからね」
「ずっと落ち込んで、ポスティングっていうことも続けました。両手いっぱいのチラシを抱えて、1件1件ポストにチラシを入れてまわって、1日で30キロ近く歩くのが常でした。無気力の中で、必死に自分を奮い立たせた行動でした」
「息子のために、将太のために、その思いだけです。毎日毎日、1日1日、息子に『将太行ってくるぞ、お父さん頑張るからな』と、息子の遺影に語りかけた。自分で自分の背中を押す日々でした」
「これで正解なんだろうか、これで捕まえることができるんだろうか、そういうことを思いながらの行動、ほんとに小さな一歩、重い一歩の積み重ねでした」
「事件は16年前です。今年10月で、丸16年が過ぎます。息子が生きた16年間と同じ月日が流れました」














