島原市役所によりますと、今回の地震により眉山の東側斜面島原市側の斜面が崩れたのを監視カメラで確認したということです。

これまでのところ崩れた範囲などは分かっておらず、住民がケガをしたという情報はこれまでのところ確認されていないということです。
消防でも地震発生直後に眉山の山肌崩壊を確認したということです。
長崎県の防災ヘリが確認のため午後5時12分、大村の防災航空センターを離陸したということです。
林野庁 九州森林管理局『雲仙・普賢岳と眉山の治山』より引用
普賢岳の東側前面に位置する眉山は、平成2年の噴火による火砕流から盾となり島原市街地を守った。 また。 この眉山は、湧水と温泉の街「島原」のシンボルとして、古くから市民に親しまれている。
眉山は、長崎県島原市の西方背面に位置し、天狗山(標高712m)と七面山(819m)二峰を有する釣鐘状火山である。 眉山の由来は、見た目に『眉』の形をしていること、あるいは雲仙・普賢岳の前に位置している『前山』が変化して眉山になったといわれている。 地質は、角閃石デイサイト溶岩や砂礫で、標高300m付近から山頂にかけては、45度以上の絶壁と崩壊地からなり火山作用による深層風化を受け、基岩は不規則な摂理に富み崩壊を促進している。
寛政4年(1792年)の雲仙・普賢岳の大噴火の際、その年の5月21日に大地震とともに眉山が大崩壊を起こし、山体の6分の1に相当する3億4千万㎥の土砂が有明海に流出した。 その際に発生した大津波は対岸の熊本県まで押し寄せ、あわせて1万5千名もの犠牲者を出した。 これが世に言う『島原大変、肥後迷惑』である。
大正3年(1914年)には梅雨期の大洪水により、下流の水田及び民家の流出等の被害が発生している。
昭和32年(1957年)諫早水害時の豪雨により、眉山地域の土砂崩壊は約80万㎥に達し田畑の埋没161ha、家屋の流失38戸、死者12名、行方不明者1名という甚大な被害をもたらした。
その後も、数度にわたる集中豪雨、地震等による山地崩壊が著しく、加えて島原市街地が直下に控えており、この復旧整備は緊急の課題となった。
出典(情報ソース):林野庁 九州森林管理局 長崎森林管理署














