歌手・タレントの中川翔子さんが7月22日、自身のインスタグラムを更新し、およそ20年親交のある評論家・タレントの山田五郎さんが亡くなったことを受けて、今の想いを綴りました。
中川さんは、山田さんとの思い出の2ショット写真を多数添えて「山田五郎さんが7月14日に旅立たれました。」と書き出し、「およそ20年。人生の半分を五郎さんと一緒に過ごしてきました。スカシカシパン、深海生物、不思議な生き物、くだらないようで誰にも伝わらないようなマニアックな話を、息ができなくなるくらい笑いながら語り合った時間は、私にとって何より大切な宝物です。」と、振り返っています。
山田五郎さんが亡くなった当日にも、山田さんに会いに行ったという中川さん。「7月14日、会いに行きました。あと5分、間に合いませんでした。悔しくて、悲しくて、信じられなくて。」と、当時の様子を伝えています。
文末には、「五郎さんのような人は、もう現れないんじゃないかと思います。AIがどれだけ進化する時代になっても、五郎さんだからこそ生み出せた言葉や発想、人を笑顔にする力は、決して代わるものではありませんでした。私にたくさんの世界を見せてくださって、本当にありがとうございました。五郎さん、大好きです。どうか安らかに眠ってください。」と、感謝の言葉を綴り結びました。
▼▼▼中川翔子さん追悼全文(インスタグラムより)▼▼▼
山田五郎さんが7月14日に旅立たれました。
2007年から始まったラジオ、「山田五郎と中川翔子のリミックスZ」、前の番組から数えると、およそ20年。人生の半分を五郎さんと一緒に過ごしてきました。
スカシカシパン、深海生物、不思議な生き物、くだらないようで誰にも伝わらないようなマニアックな話を、息ができなくなるくらい笑いながら語り合った時間は、私にとって何より大切な宝物です。
五郎さんは、どんな私も否定しませんでした。
「お前はどうしようもねえなあ」
「キモいなあ」
そう言いながら笑ってくれて、叱ってくれて、心配してくれて、たまに褒めてくれて。
五郎さんにしか話せなかったことが、本当にたくさんあります。
五郎さんがいてくれたから、私は私のままでいていいんだ、好きなものを好きと言っていいんだと思えました。
2年前、原発不明がんだと聞いたときは信じられませんでした。でも毎月のラジオでは元気に笑って、いつものようにエクレアを完食して、「この時間はこれからもずっと続く」と、勝手に信じていました。
今年に入ってからも3回、一緒に焼肉へ行きました。誰よりも食べて、フルコースを完食して、「また行こうね」と約束していた、その矢先でした。
7月14日、会いに行きました。
あと5分、間に合いませんでした。
悔しくて、悲しくて、信じられなくて。
でもどこかで、
「お前はしょうがねえなあ。先に行くからよ、頑張れな。」
と、五郎さんらしく笑って言われたような気がしました。
眠っているだけのような穏やかな顔でした。
以前、五郎さんが数日間昏睡状態から回復されたとき、
「死は無じゃない。意識は続いていて、ちゃんと世界で生きて行動してたよ。」
と笑いながら話してくれたことが、今も忘れられません。
だから今も、どこかで新しい世界を面白がって歩き回っているような気もしています。
お父さんを失うって、こんな気持ちなんだ。
心に大きな穴が空いています。
昨日は、いつも二人で座っていたラジオの席に、一人で座りました。
いつも五郎さんが食べていたエクレアを、私が食べました。
まだ全然、向き合えていません。
葬儀の日は長野にいて、お見送りには行けなかったのが悔しいです。
五郎さんがいなくなることは、日本にとって本当に大きな損失です。
知識の深さ、好奇心、ユーモア、そしてどんな相手にも分け隔てなく向き合う優しさ。
五郎さんのような人は、もう現れないんじゃないかと思います。
AIがどれだけ進化する時代になっても、五郎さんだからこそ生み出せた言葉や発想、人を笑顔にする力は、決して代わるものではありませんでした。
私にたくさんの世界を見せてくださって、本当にありがとうございました。
五郎さん、大好きです。
どうか安らかに眠ってください。
▲▲▲ 以上 ▲▲▲
【担当:芸能情報ステーション】














