思い出すのも辛い記憶 ”あの日”を語りはじめたきっかけは

内藤さんはこれまで過去を振り返ることが辛く、自らの体験を話す気にはなれませんでした。しかし、被爆から75年ほど経った2020年頃、平和学習をする若者のニュースが目に入りました。そのとき、被爆を経験した人々が高齢化して、減ってきていることを再認識したといいます。

80歳を超えていた内藤さんでしたが、このままでは伝える人がいなくなる…。意を決して広島市の「被爆体験証言者」に応募しました。しかし、証言者になるまでの道のりは容易ではありませんでした。

内藤愼吾さん
「被爆の生々しい状況を書くときや、おふくろが死んだときとか、どうしても筆が進まんようになったときがあったんです。『もう辞めた』と思いかけた頃に親父が夢に出てきてハッパが掛けられた。『お前なにしとるんか』と」

夢で逢った父に励まされ、被爆の体験をまとめた内藤さん。2022年に被爆体験証言者となり、自分の言葉で次の世代へ被爆の記憶を紡ぎ始めました。