偶然が運命を左右した 1945年8月6日の朝
1945年8月6日、兄2人は学校へと向かいましたが、学校が嫌いだった内藤さんは家に残り、弟と妹と、疎開先から持ってきた夏野菜で遊んでいました。ところが、そのうち弟と綺麗な紫色のナスの奪い合いになりました。
「弟に譲りなさい」と母親に叱られ、ふてくされた内藤さんは庭へ…ベンケイガニを追いかけ、防空壕の前まで来たときのことでした。
内藤愼吾さん
「私がベンケイガニを捕まえようとしゃがんだ瞬間に、爆弾が破裂した」
爆音とともに爆風に襲われ、防空壕の中へと吹き飛ばされたため、奇跡的に無事でした。爆風が止み外へ出ると、あたりは瓦礫だらけ。そして目の前には、崩れた家の下敷きになった弟と妹を助けようとする母・寿恵子さんの姿がありました。

弟と妹はなんとか母に救い出され、内藤さんは全身にやけどを負った父とともに、広島市を流れる本川の土手を通って、吉島にあった陸軍の飛行場まで逃げました。弟と妹、父は、そこで命尽きました。
内藤愼吾さん
「土手は大やけどを負った人がぞろぞろ歩き、幽霊の行列みたいだった」














