新潟県 中越地方を襲い15人が犠牲となった7.13水害から13日で22年です。堤防が決壊した長岡市や三条市の被災地では献花台が設けられ、犠牲者を悼み、祈りが捧げられました。
22年前、刈谷田川が決壊し3人が亡くなった長岡市 中之島地域。

記念公園には朝から地域の人々が献花に訪れていました。

【献花した人は】「ここは私のふるさとですので、ここで災害が起きて亡くなった人には思いが人よりありますので、この日だけはお参りに来たいなと」

【献花に来た人は】「このことが後世にも引き継がれて、先人にここまで復興してもらって、こうして暮らさせてもらっていることへの感謝の意味を伝えていきたい」

2004年7月13日、県内は24時間に400ミリを超える記録的な豪雨に見舞われて、6つの河川が決壊。

15人の尊い命が奪われました。また、1万3000棟を超える建物が浸水などの被害を受けました。

刈谷田川の堤防が決壊した午後0時52分には…

関係者らが集まり、黙とうを捧げました。

一方、9人が犠牲になった三条市でも当時被災した市民らが献花をするとともに、五十嵐川が決壊した午後1時15分に合わせて黙とうを捧げていました。

【当時被災した人は】「うちの田んぼのところから水が入ったものですから、今頃になるといつも胸が締め付けられる思いがします。2度と起きないように願いを込めて祈りました」

【献花に来た人は】「防災マップを見たり、どこに避難したり、家の中のどこに逃げるとか、常日頃から頭の中に入れておくことが大切」

当時の記憶と教訓を次の世代に伝えていくことが防災の一助となります。














