米政府が、AI開発を手がける米アンソロピックの最先端AIモデル「フェイブル(Fable)5」と「ミュトス(Mythos)5」への利用制限を導入し、その後解除するまでのわずかな間に、シリコンバレーは中国のAI企業、北京智譜華章科技の存在を強く意識するようになった。

智譜は海外で「Z.ai」として知られる。筆者が張鵬最高経営責任者(CEO)を取材した昨年、同社はまだほとんど知られていないAI研究企業だった。話を聞いて印象に残ったのは、汎用人工知能(AGI)の実現を重視していたこと、そして多くの人が持続可能な事業モデルを欠く理想論に過ぎないと片付けていた時期に、オープンソースAIを堂々と擁護していたことだ。

この評価が正しいかどうか結論はまだ出ていないものの、一つ明らかになったことがある。中国のオープンモデルは今や、米AI業界の存立を脅かす最大級の脅威の一つとなっているという点だ。

智譜の最新モデル「GLM 5.2」の公開は、米政府がアンソロピックのフェイブル5とミュトス5を巡り、場当たり的とも映る規制措置を講じた時期と重なった。タイミングはこれ以上ないほど絶妙だった。

高い評価隠さず

突然、誰もがGLMへ移行し始めたかのようだ。有力テクノロジー投資家のマーク・アンドリーセン氏は、多くの業界関係者がGLMについて米国製モデルと肩を並べ、しばしばそれを上回る性能を備えた初の中国製AIモデルと評価していると投稿した。

また、暗号資産(仮想通貨)交換業大手コインベース・グローバルのブライアン・アームストロングCEOもX(旧ツイッター)で、オープンウエート型の中国製モデルであるGLM 5.2や月之暗面(ムーンショットAI)の「Kimi 2.7」を標準採用することで、トークン利用量は指数関数的に増えているにもかかわらず、支出が横ばいに抑えられていると明かした。

メタ・プラットフォームズとグーグル傘下ディープマインドで勤務経験のある元社員も、GLM 5.2の公開で「状況はこれまでと同じではなくなる」と投稿。筆者にとって決定的だったのは、サンフランシスコでソフトウエアエンジニアとして働く兄弟から、GLMへ乗り換えるとメッセージが届いたことだった。

これほど多くの人が中国製モデルへの高い評価を隠さず、それらを単なる物珍しい存在ではなく、米国製モデルの代替と見なすようになったことは、米AI企業の経営陣を大いに不安にさせるはずだ。

自由度はるかに高い

もっとも、中国製AIを積極活用する流れが広がる今でも、偏見を含め現実的な障害は残る。先月公表された世界規模の調査では、中国のAI分野でのリーダーシップを認める回答は多かったものの、「信頼」の面では大きく後れを取っていた。

しかし、信頼で劣るという評価にも別の見方がある。オープンウエート型モデルは、本質的に米企業のクローズドモデルより透明性が高い。中身を検証し、改変し、自社サーバーや米国内のデータセンターで運用することも可能だからだ。

iPhone初期に搭載されたプロセッサーの開発に携わったことで知られる半導体設計の第一人者、ジム・ケラー氏は先週、東京で筆者の取材に対し、自身の会社テンストレントでは、プログラミング用途でGLMとKimi K2に切り替えたと語った。その理由は価格だけではないという。

「アンソロピックのモデルに私が手を加えられる余地はほとんどない。一方、Kimi K2やGLMなら自分の用途に合わせて調整できる」とし、「自社環境で運用できるため、自由度ははるかに高く、より良い成果が得られると考えている」と、ケラー氏は指摘。切り替えによってコストは5分の1になり、「データの秘匿性も確保できる」と語った。

GLMショック

今回の「GLMショック」は、企業にとってトークンコストやAIへの莫大な投資負担が性能と同じくらい重要になりつつあるタイミングで起きている。最近、中国製モデルに対する批判が相次いでいる背景も、この観点から理解する必要がある。

米AI大手が中国製モデルは不正な「蒸留」、つまり他社モデルの出力結果を使って学習させていると非難し、その信頼性に疑問を投げかけようとするのも無理はない。

しかし、その憤りを額面通りに受け取るのは難しい。第一に、蒸留はAI分野で広く使われている手法だ。イーロン・マスク氏でさえ、xAIの「Grok(グロック)」が米OpenAIの製品を基に学習したことを認めている。

より大きな視点で見れば、その手法だけで世界トップクラスの競争相手を生み出せるのであれば、なぜ他社は同じことができていないのかという疑問が残る。

さらに皮肉なのは、自社製品が何百万人もの創作物を基に、しばしば許諾も対価の支払いもないまま開発されてきたにもかかわらず、今や業界を代表するAI企業が知的財産を巡る問題を持ち出して不満を訴えているという点だ。そう考えると、その憤りには説得力を見いだしにくい。

誰でも利用できるオープンモデルには、悪用されやすいといった安全性へのもっともな懸念もある。サイバーセキュリティー研究者の一部は智譜の最新モデルが難易度の高いセキュリティー研究で、アンソロピックの「Claude Code(クロードコード)」を上回る性能を示したと報告している。しかも、コストは6分の1で済んだという。

米政府は規制強化で対応したくなるかもしれないが、それは誤りだろう。技術そのものが消えるわけではなく、むしろ公の監視の外に追いやるだけだからだ。

中国ショックはすでに到来

AI研究者のネーサン・ランバート氏は、高度な能力を持つミュトスのようなモデルが誰でも利用できるようになることは確かに恐ろしいとしつつも、「今オープンモデルが禁止され、その一方でクローズドモデルだけが今後2年間で10倍、あるいは100倍進歩し、それが1社か2社だけの手に委ねられることになれば、私たちはもっと大きな問題に直面すると思う」と指摘する。

安全性を理由とする主張は、大型の新規株式公開(IPO)を控え、自社に並外れた価格決定力をもたらすクローズドなエコシステムを守ろうとする企業から発せられると、説得力も薄れる。

では、われわれはどう考えるべきなのか。これはもはやコストや理念、あるいはソフトパワーを巡る中国との競争ではない。今や、米経済への市場の強気な期待を支えてきたAI企業の事業モデルそのものが脅かされている。

米国は計算資源で優位に立っている。その強みを生かし、自前の強固なオープンウエート型エコシステムを構築しなければならない。研究資金を拡充し、人材を育成してオープンシステムの悪用防止を進めるとともに、企業がAIツールをより主体的に管理できる環境を整えるべきだ。

結局のところ、必要なのは慌てて門戸を閉ざすことではない。シリコンバレーにとっての中国ショックは、これから訪れるものではない。すでに始まっているのだ。

(キャサリン・トーベック氏はアジアのテクノロジー分野を担当するブルームバーグ・オピニオンのコラムニストです。CNNとABCニュースの記者としてもテクノロジーを担当しました。このコラムの内容は個人の意見で、必ずしも編集部やブルームバーグ・エル・ピー、オーナーらの見解を反映するものではありません)

原題:A China Shock Is Shaking Silicon Valley: Catherine Thorbecke(抜粋)

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