妻 安倍昭恵さんが謝辞で伝えたこと(5)

私は葬儀の喪主のあいさつの中で、吉田松陰先生の留魂録を引用させていただいて、十歳には十歳、二十歳には二十歳、三十歳には三十歳、それぞれのおのずからの四季があると。人生には何歳で亡くなってもおのずからの四季があるんだ。それは主人が、父が亡くなったときに書いていた追悼文から私が思い出して、そのことばを喪主のあいさつの中に入れさせていただいたのですけれども、主人の67歳も、本当に残念ではあるけれども、主人なりの春夏秋冬があり、花を咲かせ、実をつけ、そして多くの種をまいたであろう。その種が芽吹いていくことを期待したいというようなことを話したんだと思います。

今確かに多くの方たちの中に、種がまかれていて、その種から芽が出て、そして花が咲いているんだろうなと。私はこれからもそのまかれた種に水をやったり、肥料をやったり、そんなことをしていきたいなというふうに思っています。

主人が愛したこの山口県、下関、長門、私はここで生まれ育っているわけではありませんけれども、主人と結婚したのもご縁で、これからもこの下関市民として、皆さんにお助けいただきながら、この地域のためにも私なりに尽力をしていけたらいいなというふうに思っています。