バレーボールの世界三大大会のひとつ、ネーションズリーグ(VNL)で男子日本代表が開幕から無傷の8連勝と勢いに乗っている。15日からは予選ラウンドの第3週が大阪で開幕。2大会ぶりの表彰台を狙う選手たちの素顔を、自身も中高でバレー部に所属(セッター)し、入社直後の98年から現場取材を重ねてきた、実況のTBS新タ悦男アナウンサーがリポートする(第9回)。
「胸を張って終われるキャリアに」
「一つ、心に決めていることがある」
一度の落選で終わるキャリアではない。そう言い切るところから、この話は始まる。
「一度でも代表で選考漏れをしたからもう駄目だという感覚になると、キャリアを終えた時に、『あれはもったいなかったな』と後悔することになる。その後悔が無いようにしたい。漏れても、選ばれても、メダルを取れても取れなくても、進んだ自分の道のキャリアになる。それが少しでもいい方向に向けば、という気持ちでやっている。胸を張って終われるキャリアにしたいんです」
「泣いたのは自分でも驚いた」
「東京五輪の時は、本命はパリだと思っていたので落選もケロッとしていた。むしろ福澤さんたち落選した選手たちを気遣う余裕もあった」
でも、パリの落選は全く違った。
「プレーも良かったし、自分を出し切れていた。だからかな?泣いたんです。落選を伝えられたその場で泣いたのは、自分でも驚いた。自分でも信じられないくらい号泣した。まさか涙が出るとは自分でも思っていなかったから」
2度の五輪への挑戦は叶わなかった。それでも前を向く。
「バレーに対してブレることはない。マイナスを考えるのが好きじゃない。良いことを考えたい。ここで頑張ればまた次どこかでチャンスが来る、と」
願った舞台に立つことはできなかったが、それでも帯同メンバーとしてパリに同行することを求められた。断ることもできた。ただ、「自分のためになるならなんでもやる。“成功につなげられれば、すべての道のりは成功に変わる”から。目指していたメダルを目の前で見たいというエゴでもありました。五輪は小さいころから夢見ていたもの。壮大すぎたが、いざ現地で見るとより近いものになった。イメージがついたんです」。
目の前で見たメダルは、 未来の自分の背中を静かに押した。
『ロス五輪こそ“自分が”』 。その気持ちは、より確かな輪郭を持ち始める。
今は試合に出て個人の経験値を得ることが最優先だ。
ロス五輪でスタメンで出られるように経験値を積む大事な時期。
「海外勢相手だと、どのチームでもパワフルなスパイカー・ブロッカーと凄いものを持った選手が多いので、レベルの高い選手と戦ったときに自分のパフォーマンスが崩れないようにすることが今一番やるべきこと」
だからポーランドへの移籍を決断した。
「年間を通して毎日“いろんなポーランドのトップ選手の球質”をリアルに体感して経験したいと思ったんです。僕がポーランドのチームに行ったら、周りの選手から『あ、こいつ、小柄なのにヤバいリベロが日本から来たな!』とは絶対に言われると思う。自分の持っているディグの実力や、レシーブのクオリティに関しては、“世界相手でも余裕で通用する”って自分で100%分かっているから。ただ、ポーランドのウィルフレド•レオンみたいな“海外特有の重い球質”や、手元で急激に変化するサーブに対する“慣れ(アジャスト)”が、どうしても今の自分には圧倒的に必要だな、と思う。いろんな海外のトップ選手の生きた球を毎日レシーブで受けて、あとは『この選手はこういう場面ではこのコースに打ってくる』っていう相手の特徴を、自分の目でたくさん見ることが自分のレベルアップのために絶対に必要になる。日々のチームの練習の段階から、味方の世界最高峰のアタッカーたちのサーブやスパイクを毎日レシーブで受けられる。それはリベロとしては、想像しただけで『すごく楽しいな!』って思える。間違いなくロスを見据えての決断です」

















