10歳の少女が見た国の姿

軍医の父を探しに家族で戦場に出た玉木利枝子さんは、その記憶を次の世代に語り継いでいる。

家族が一人ずつ命を落としていくきっかけは、避難していた壕を軍に追い出されたことだった。

玉木利枝子さん
「この壕は、これから軍隊が使用する。住民は、日暮れとともに出るようにと言うんです。『いや、ここは私たちのガマです。私たちの隠れ場です』と断った人が一人もいない。国や軍隊に反論のできない、モノ言うことが出来ない国であったということも覚えておいてください」

壕を出ることになり、これ以上、戦場を歩けないと悟った母方の祖母が、突然自死した。その後、兄や祖父たちも次々と倒れ、10歳の少女は、最後はたった一人でさまよい歩くことになった。

その半世紀後に建った平和の礎。24万の生きた証の中に戦場で別れた家族の名前がある。

玉木利枝子さん
「おばあちゃん、おじいちゃん、おじ、父の弟、こどもたち。向かい合うということが本当に奇跡、びっくりしました」

そして、その祖父たちと向かい合うように、刻まれている名前がある。父と兄だ。

玉木利枝子さん
「これだけの中で、偶然に向かい合っているということが、本当に考えていなくて、あれだけ探し回った、やっとこういうふうに会えたという証を作ってるのかなと思いました」