沖縄県民の4人に1人が命を落とした、沖縄戦。その組織的戦闘が終結したとされる日から81年。沖縄は「慰霊の日」を迎えました。平和祈念公園にある「平和の礎」には、今年、新たに95人の名前が追加されました。その一人、異国の地で命を落としたひとりの女の子。「妹が生きていた証を残したい」。80年を超えて名前を刻んだ、家族の願いを追いました。
24万人以上の「生きた証」沖縄戦の記憶を刻む平和の礎

節子さんの姉 稲福昌子さん
「あった…節ちゃん。遅くなってごめんね」
今年(2026年)新しく刻銘碑に刻まれた、「漢那節子」の文字。たった一行の名前を抱くように触れ、話しかけるのは姉です。

沖縄県糸満市の平和祈念公園にある「平和の礎」。沖縄戦などで犠牲になった24万2659人の名前が、生きた証として刻まれています。
1945年4月1日に沖縄本島に上陸したアメリカ軍。戦闘に参加したのは延べ54万人もの兵力です。
住民を巻き込んだ数か月の沖縄戦で、日米双方、計20万人以上が犠牲になりました。
公園を管理する平和祈念財団の松川さん。礎の置き方にも意味があると言います。
小川彩佳キャスター
「波のような形に設置されているんですね」

平和祈念財団 松川満 事務局長
「一人ひとりの思いが、この波に乗って全世界に広がっていきますようにと願いが込められている」

組織的な戦闘の終結から81年。刻銘を希望する遺族は、今も少なくありません。今年(2026年)は沖縄県や県外、そして海外から計95人の戦没者が礎に。














