女子高校生の母親「何を思えば残忍卑劣なことができるのか」
(母親の陳述を弁護人が読み上げ)
「私は女子高校生の母です。わたしにとって一番つらいことは、我が子を失うことほかなりません。幼少期から『愛してる』『大好き』『かわいい』と伝え、抱きしめてきました。亡くなった今、それを娘に伝えることなく、とても残念です。
事件から2年が経ち、共犯者の裁判がありましたが、助けられず後悔の念が深まる日々。見るものすべてが娘に。身を裂かれるような感覚。写真も見ることができず。娘の部屋の匂いは完全に消え、この世にいないとわかっていても娘に触れたいとの思いが日々強まっています。
娘が土下座させられ、暴行され、突き落とされて、絶望にさいなまれています。全裸で土下座させられている動画や欄干に座らされている動画を見せてもらいました。言葉を失いました。怯えた細い声、そのような娘とは対照的に、被告の侮辱しきった様子、何を思えば残忍卑劣なことができるのか、強い憤りで震えました。傍聴席でその声を聞きました。あの映像がよみがえり、涙をこらえられませんでした。ズキっと胸が痛くなります。
女子高校生は思いやりあふれた、友達がたくさんいて、翌日はライブに行く予定で、保育の学校のオープンキャンパスを楽しみにしていました。私たち家族だけでなく、愛してくださった周りの人にも…。凍りつく寒さのなか、17歳の未来が絶たれたこと、どれほどの苦しみを負わせたことを被告人に理解できますでしょうか。
深々と頭を下げていますが、娘に非がある証言をして、内省、反省しているとは思えません。通話中に音楽をかけていたのは、隣の部屋が私の部屋で、深刻な話をしているカモフラージュをしていたのではないか、道の駅に一人で行ったのも家族に迷惑をかけられない、と。娘の態度がでかいとか、一人で来る方が悪いなど、被害者が悪いという責任転嫁は許せません。
命を奪ったことの重大さを本当にわかっているのでしょうか。抵抗できない状態で、キャッシュレスも払わされ…。家族としては、同じ目に遭わせてやりたい。極刑しかありえません。さらしで巻かれて、顔も見えず…。償いとは、もとに戻して修復することですが、それは叶いません。どう償ってくれるのでしょうか。裁判は全部出席し、弁護人を通じ傍聴席では、わからない証拠も見せてもらいました。
受刑者の女は記憶ではなく、事実を話したと言っている。私たちは受刑者の女の証言を信じています。娘は屈辱と恐怖のなかでも、それでもきっと最後まで家に帰ることをあきらめなかったと思います。『ごめんなさい』『助けてください』の声、孤独で不安だったと思う。見ず知らずの人に囲まれたが、いまはたくさん女子高校生の周りにいると、仏壇で話をしてからいつも出発しています。
残酷で理不尽な犯行、二度とおきないように願っています。遺族は、被告人に極刑を望む気持ちはあります。現実もあり、覚悟もしています。被告人は成人で、より重い厳罰がくだることを親族一同願っています。神居古潭にお花を供えてくださった方々、合掌してくださったすべての方々に、厚く御礼申し上げます」














