広島出身の両親を持ち、被爆2世でもある久枝さん。正攻法では難しいとみて、異例の説得をします。

元外交官 久枝譲治さん(75)
「もし原爆ドームの世界遺産が実現に至らず、かつそのような結果が、米国の反対によってもたらされたという事実が国民の目の前で明らかにされれば、それは最悪だと。世界で最も重要だと私たちが信じている日米同盟関係に、重大な問題を生じる」

さらに中国からは直前になって態度を「留保」すると伝えられました。

元外交官 久枝譲治さん(75)
「中国の留保の動きについては肝を冷やされたんですけども、予告なくいきなり新しいことを言い出す、というようなことがなかったのは、せめて幸いでして。いろいろ対話を積み重ねたことで、外交官同士の連帯感というか信頼感みたいなものが醸成されたことによるんじゃないか、と私は受け止めてます」

粘り強い外交交渉の結果、原爆ドームは核兵器の惨状を伝えるものとして1996年12月、世界遺産に登録されました。

久枝さんは「これからも平和を追求する国際都市としての広島を広めていきたい」としています。