ライバル企業の「あおり」と皮肉な現実

一方で、ミュトスの脅威は煽りすぎだという声もある。

冒頭の「一億ドルの防空壕」という言葉は、「ChatGPT」を作ったオープンAIのサム・アルトマンCEOが、ライバルであるアンソロピック社を痛烈に批判したものだ。専門家の中にも、技術的にはこれまでのAIの延長線上にあると見る人はいる。

しかし、皮肉なことに、アルトマンCEO率いるオープンAI自身も、「GPT-4.5 Cyber」というサイバー防衛に特化したAIを、厳しい審査を通った人にだけ限定公開すると発表した。「危険を煽って商売をしている」と批判した側が、結局は同じような売り方をしているのだ。

工藤氏はこれを「同時多発的に起きていることとして見るほうがいい」と語る。ミュトスという一つのAIだけが問題なのではなく、同じくらい強力なAIが世界中で次々と生まれている「流れ」そのものを見なければならない。

「半年から1年」で中国が追いつく現実

アンソロピック社のCEO自身、中国で開発されているAIがミュトスと同じレベルに追いつくのは「おそらく半年から1年以内だ」と予測している。アメリカが必死に守ろうとしているリードは、ほんのわずかな期間でしかない。

核兵器を作るには巨大な施設が必要だが、それと比べればAIは開発のハードルが低い。工藤氏は、核兵器の広がりを防ぐための「核不拡散条約(NPT)」の歴史を振り返り、「不拡散を誓ってもなかなか広がってしまう。だからもう広がることを前提に体制を組み、ルールを作るしかない」と指摘する。

ただし、大国がAIを独占できない事態は、発展途上の新興国にとっては「希望の光」でもある。固定電話網を飛ばして一気にスマートフォンが普及したように、AIの力で一気にシステムを発展させる「リープフロッグ現象(カエル跳びのような飛躍)」が起きるかもしれない。管理したい大国にとっては厄介でも、技術を持たない国々には大きなチャンスになり得るのだ。

バイデン前政権の遺産に乗っかるトランプ政権

「企業は自由にAIを開発すべきだ」と主張するトランプ政権は、就任直後、バイデン前政権が作ったAIの安全ルールをごっそり白紙に戻した。しかし現実の脅威を前に、その態度は急激に変わっている。

最近では、グーグルやマイクロソフトなどと、安全保障の観点でAIを事前チェックする新たな約束を結んだと報じられている。工藤氏も「バイデン政権の遺産を一度は否定したものの、やっぱり実は重要だったということで、方針転換が急速に図られている」と指摘する。実際、いまトランプ政権がミュトスを使って点検できているのも、バイデン政権時代に「公開前に政府のチェックを受ける」という約束をアンソロピック社などの企業と結んでいたおかげなのだ。